フランスのアンティークジュエリー史概要(前編)
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
メゾンマエアスの商品説明やアンティーク物語では、デザイン、素材、時代背景など、多角的な視点から情報をお届けするよう努めています。いずれも大切な要素ではありますが、アンティークジュエリーにおいては、特に時代背景が重要であることは言うまでもありません。
ブログ記事や商品説明を読む際、「アールデコって何?」「ナポレオン3世時代とはいつのこと?」などの疑問があると、本題に集中できず、内容が頭に入りにくいのではないでしょうか。歴史的な背景をある程度理解していれば、解説を読むのがさらに楽しくなり、アンティークジュエリーへの愛着も深まるはずです。そこで、まだこの世界にあまり馴染みの無い方への入門編として、フランスのアンティークジュエリー史を簡単にまとめてみることにしました。
フランス限定とはいえ、各時代の詳細まで掘り下げていくと分厚い本一冊分くらいのボリュームになってしまいます。今回はジュエリー史全体を俯瞰することに重点を置き、各時代の簡単な解説にとどめました。ご紹介するジュエリータイプも代表的なもののみとさせていただきます。
解説する時代の切り分けには、主にフランスで一般的に採用されている時代区分を使用しています。この時代区分とは別に、新古典主義(néo-classicisme)やロマン主義(romantisme)、自然主義(naturalisme)などの芸術運動が存在しますが、これらについては、各時代の背景として、それぞれの時代に触れながらご紹介しています。
対象とする時代は、ルイ16世期(18世紀)からアールデコ期まで。一本の記事にまとめることはボリューム的に難しいため、前・後編に分割しました。その前編である本記事では、ルイ16世期からアールヌーボー前(19世紀末近辺)までをご紹介いたします。
※サンプルジュエリーの閲覧用に主にフランスのサイトへのリンクを貼っている箇所があります。表示に時間がかかる場合もありますので、気になる方はクリックせずにスキップしてください。
目次
- ルイ16世時代(Époque Louis XVI)
- 統領政府(Consulat)と第一帝政時代(1er Empire)
- 復古王政(Restauration)と七月王政(Monarchie de Juillet)
- ナポレオン3世時代(Second Empire)と19世紀末(Fin de Siècle)
- アールヌーボー(Art Nouveau)ー 後編
- ベルエポック(Belle Époque)ー 後編
- アールデコ(Art Déco)ー 後編
※アールヌーボーとベルエポックはほぼ同時期です
1.ルイ16世時代(Époque Louis XVI)
ルイ16世は1774年に即位し、フランス革命により王政が廃止された1792年までフランスを統治しました。この期間は「ルイ16世時代」と呼ばれています。
ヴェルサイユ宮殿を中心に華やかな宮廷文化が栄えたこの時代、貴族たちは自身の地位や財力を示すために、豪華なジュエリーを身に着けました。また、マリー・アントワネット王妃がファッションリーダーとして、衣服やジュエリーなどの流行を牽引したこともよく知られています。
この時代の重要なキーワードとして、新古典主義(néo-classicisme)とロココ様式が挙げられるでしょう。
新古典主義
新古典主義は、バロックやロココ様式への反動として生まれた芸術運動です。バロックなどの華やかさから一転し、古代ギリシャ・ローマのシンプルな様式に回帰することを目指しました。
新古典主義のアートや建築は、古代の神殿や彫刻の厳格な様式を取り入れ、装飾を抑えたデザインが特徴でした。シンプルで理性的な美や写実的なデッサンによる美しさが追及され、幾何学的な形状、シンメトリー(左右対称)、直線的で整然としたデザインや、円形、矩形が特徴です。
1780年築の新古典主義建築(ボルドー国立歌劇場) 出典:Wikimedia Commons
ジュエリーにおいても、左右対称で直線的なデザイン、幾何学模様、古代のモチーフ(古代ローマのコインやギリシャ神話の神々など)などが取り入れられました。カメオやインタリオなどの古代の技法も復活しています。
ただし、当時はロココ様式の勢いがまだ強く、新古典主義が最盛期を迎えるのは19世紀に入ってからです。
ロココ様式
ロココ様式は、バロック様式の後に登場した様式で、一世代前のルイ15世の時代に特にフランスで花開きました。軽やかで優雅な美が追求され、装飾は精緻で繊細、曲線や植物的なモチーフが多く見られます。花やシェル(貝殻)、アシンメトリーなデザインが特徴的です。
マリー・アントワネットは新古典主義の簡素さや厳格さにはあまり興味を示さず、ロココ様式を非常に好みました。特にファッションにおいてロココ的な要素を多く取り入れ、そのスタイルは「アントワネット様式」として有名になったほどです。彼女の愛用したジュエリーには、リボンや花、貝殻などのロココ的装飾が多く見られます。
フォンテーヌブロー城 王妃の銀の間 出典:Wikimedia Commons
その他
ルソーの啓蒙思想の影響もあり、自然への関心が高まりました。植物や花、鳥などの自然のモチーフがジュエリーのデザインに取り入れられています。特に、バラ、スミレ、麦の穂などが人気でした。
また、個人の感情や人間関係などウェットな部分が重視されるようになったため、センチメンタル系のジュエリーも制作されるようになります。肖像ミニアチュールや愛する人の髪の毛を収めたヘアロケットペンダントが流行の兆しを見せ、いわゆるモーニングジュエリー的なものも少しづつ注目され始めました。ブームとなった19世紀ほどではないにせよ、上流階級向けの特別なアイテムとして着実に根付いていました。
自然モチーフやセンチメンタルジュエリーの流行を19世紀に本格的に発展していくロマン主義の萌芽と捉えるのは、単純化しすぎでしょう。しかし、感情の重視や自然への憧憬という点でロマン主義の浸透に影響を与えたことは間違いありません。
2.統領政府(Consulat)と第一帝政時代(1er Empire)
ナポレオン1世がフランスを統治していた19世紀初頭の時代です(統領政府と第一帝政時代を合わせてナポレオン時代と呼ぶこともあります)。一般的に1799年から1814年までを指します。
18世紀後半に登場した新古典主義がこの時期に最盛期を迎え、古代ギリシャやローマ帝国風のジュエリーが流行しました。古代趣味のカメオやインタリオが人気を博し、ナポレオンによるエジプト遠征にインスパイアされたエジプト風(スフィンクス、ピラミッド、スカラベなどのモチーフ)のジュエリーも人気を集めました。
この時代の特徴的なモチーフとして、ナポレオンのモノグラム「N」、帝国の象徴である鷲が挙げられます。
また、カメオはナポレオンにとって特別なアイテムで、これを自身の栄光を象徴するための手段として用いました。自身の肖像や戦争の場面を描いたカメオを数多く制作させ、高貴な身分の人々への贈り物や記念品として使用しています。
素材として特に好まれたのは、ダイヤモンド、サンゴ、真珠、琥珀など。この嗜好は19世紀後半のナポレオン3世時代にも引き継がれました。
ナポレオン時代の最も偉大なジュエラーは、実質的なショーメの創業者であるマリー=エティエンヌ・ニト(Marie-Etienne Nitot)でしょう(1809年没後、息子フランソワが後を継ぎました)。戴冠式用の冠や剣を手がけ、ジョゼフィーヌ&マリー・ルイーズ皇后のジュエリーも制作しました。
皇后マリー・ルイーズのディアデム(フランソワ・レノー・ニト作) 出典:Wikimedia Commons
フランソワは1815年に宝飾事業をジャン・バティスト・フォッサンに売却、フォッサン家はその後1885年にショーメ(Chaumet)というブランド名を使用するようになりました。
リング
最もよく知られているのは、古代にインスパイアされたカメオやインタリオのリングです。エジプト趣味のスカラベリングも多数制作され、後のナポレオン3世時代にも人気を博しています。
起源を古代ローマまで遡るSwivel Ring(スウィベル・リング)と呼ばれる回転式のリングもこの時代に復活しました。異なるデザインや宝石を表裏に配置することができるリングです。
フランス語で”bagues rébus”、英語で”rebus ring"と呼ばれる、絵や文字、記号を組み合わせて隠れたメッセージや言葉遊びを表現するリングも流行。このリングには分かりやすい日本語の通称がありませんので、とりあえず「判じ物リング」と訳すことにします。
判じ物リングのように遊び心のあるアクロスティックリング(各宝石の頭文字を組み合わせてメッセージを伝えるもの。イギリスで流行したREGARDなどが有名)は、1809年にフランスのメレリオによってはじめて制作されたといわれています。
対象としている時代の数年前になりますが、1796年、ナポレオンは世界初といわれているトワエモワリングをジョセフィーヌに贈りました。
※アンティーク物語『トワエモワとセレブリティ』でこのトワエモワリングをご紹介しています。
ピアス・イヤリング
耳と首が露出した古代ギリシャ風のヘアスタイルが流行します。そのため、耳元・首元が絶好のおしゃれポイントとなり、ロングタイプの大きなイヤリングが宮廷を彩ることとなりました。
日常生活においても、ポワサルド(poissardes)と呼ばれる、主に楕円形のプレートと揺れるデザインが特徴のロングタイプのイヤリング(ピアス)が人気でした。
ポワサルド 出典:French Jewelry of the Nineteenth Century Henri Vever著
語源には諸説あるのですが、フランス版Wikipediaでは、ポワソニエール(poissonnières)と呼ばれるパリの魚売りの女性たちが市場で着けていた、磨かれたムール貝で作られた大きなイヤリングがベースとなっているとしています。
ブレスレット
腕を露出するドレスが多かったため、両腕(通常は手首、時おり腕の上部)にブレスレットを着けることがよくありました。デザインとして人気があったのは、連結スタイル(アーティキュレート、可動式)のリンクブレスレット。宝石や彫金細工の施された金のプレート、マルチストランドのパール、カメオやメダイヨンなどが留められた、ゴージャスなものでした。
ナポレオンの愛人エレオノール・ドニュエル 出典:Wikimedia Commons
ブローチ
当時ポピュラーであった古代ギリシャにインスパイアされた洋服は生地が薄く、ブローチはさほど利用されていません。胸下のベルトや肩の上部など、限られた場所でのみ使われていました。主な素材は、真珠、宝石やカメオです。
イタリア・モレリ作のナポレオン1世のカメオブローチ(枠は19世紀中期)をAlbion Art Instituteでご覧いただけます。
ネックレス
古代を想起させるスタイルのネックレスが多く制作されました。カメオやマイクロモザイク、エナメルや彫金細工を施したゴールドプレートなどが当時よく用いられた素材です。
この時代を代表するネックレスは、これらのモチーフを長さの異なるチェーンでつないだ「エスクラヴァージュ・ネックレス(Collier d'esclavage)」でしょう。"esclavage"は奴隷の意で、連結されたチェーンが、奴隷を拘束する鎖を連想させるため、この名が付けられたといわれています。
サンプル:エスクラヴァージュ・ネックレス
ペンダント
ペンダントの多くは、愛する人や家族を対象にした、センチメンタル系のものでした。表に愛する人の肖像画、裏にその人の髪の毛をイニシャルに編んだヘアワークを入れたロケットペンダントなども制作されています。愛の祭壇、花束、射貫かれたハートをモチーフにしたロマンティックなものもありました。
3.復古王政(Restauration)と七月王政(Monarchie de Juillet)
1814年にナポレオンが退位した後、亡命先から帰ったルイ18世が即位し、ブルボン王朝が復活ました(復古王政)。この王政は1830年の七月革命で崩壊し、その後ルイ・フィリップを国王とした立憲君主制の王政が1848年まで続きます(七月王政)。
復古王政から七月王政にかけてのフランスは、政治的変動と産業革命の進展により、人々の生活や社会構造が大きく変化した時代でした。農村から都市への人口移動が顕著となり、労働者階級が形成されます。
芸術面を見ると、ロマン主義(romantisme)が文化・芸術の主流となり、文学や音楽、美術の分野で多くの作品が生み出されました。ロマン主義は、古典主義や合理主義への反発から生まれ、個人の主観や感情を重視する芸術・思想運動です。恋愛や自然賛美、過去への憧憬、民族意識の高揚といった特徴を持ち、神秘的な体験や無限なものへのあこがれも表現されました。
もちろんジュエリーもロマン主義の影響を大きく受けています。ロマン主義の「過去への憧憬」や「神秘的な美への探求」といった要素が、ネオ・ゴシックやネオ・ルネサンスの復興を促しました。
ネオ・ゴシック様式
ネオ・ゴシック様式とは、18世紀後半から19世紀にかけてヨーロッパを中心に流行した、中世ゴシック文化の復興を目指す芸術運動です。中世ゴシック建築の要素を色濃く反映し、宗教的・幻想的なテーマがデザインに表れています。ジュエリー界では、特に7月王政期に最も流行しました。尖塔やアーチ装飾、十字架、女性、騎士、兜、紋章などが精緻な金属細工とエナメルやオニキスなどで表現され、神秘的で華麗な印象を与えるデザインでした。
ネオ・ルネサンス様式
ネオ・ゴシック様式と並行して、ネオ・ルネサンス様式もゆっくり発展していきました。フランスのルネサンス期(15世紀~16世紀)ジュエリーを再解釈したもので、均整の取れた構図や精緻な装飾、歴史的モチーフの復興が特徴です。ホルベイン、ラファエロ、そしてフランソワ1世の宮廷建築やダヴィンチの絵画などからも着想を得ていました。特に当時の富裕層に人気があったとされています。
自然主義
19世紀初頭同様、自然主義(naturalisme)も広がりを見せ、動植物(特に鳥や花)をモチーフとしたジュエリーが数多く作られています。スプリングを使用し花や昆虫モチーフを揺らすトレンブラン(trembleuse)が1820~1870年代に流行したのは、この自然主義の影響によるものです。
金細工
フィリグリー、カンティーユ、レポゼなどの技法を使用した金細工ジュエリーも流行し始めました。イタリア・カステラーニ家による古代金細工リバイバルが引き金となったものです。カステラーニ家については、アンティーク物語『カステラーニ家: 19世紀宝飾界の巨匠たち』をご参照ください。
その他
- 1836年コンコルド広場にオベリスクが設置されたことにより、エジプト趣味のジュエリーが人気でした。
- 19世紀初頭にロンドンで生まれたダンディズムが1820年代頃からパリでも広まり、男性もジュエリーを身に着けるようにりました。
- ダヴィンチの肖像画「ラ・ベル・フェロニエール」の女性が額に付けていたチェーン&宝石のジュエリー、フェロニエール(ferronière )が流行しています。
- 1830年のアルジェリア侵略により、ムーア風ジュエリー(bijoux mauresques、三日月形のイヤリングなどのアルジェリア風アクセサリー)が誕生しました。
左:レオナルド・ダ・ヴィンチ作「ラ・ベル・フェロニエール」(作:1490年 - 1496年)
右:フェロニエールを着けたマリー・カロリーヌ・ド・ブルボン(作:1816年 - 1819年)
出典:Wikimedia Commons
リング
繊細な作りのエナメルをあしらった金の指輪が多く作られました。センチメンタル系のものは相変わらずの人気で、封筒モチーフの台座を開けるとエナメルのハートや文字が描かれているリングも作られています。誓いの指輪(bague de foi, fede)と呼ばれる、二つの手を握り合うデザインの婚約指輪も大流行しました。※誓いの指輪はより古い時代から作られている伝統的なリングです。
サンプル:誓いの指輪
ピアス・イヤリング
この時代もイヤリングは長めのものが主流。主にレポゼ、フィリグリー、カンティーユ細工が施された金製で、エナメルが施されているものもありました。ナポレオン帝政時代とは異なり、カラーストーン(アメジスト、シトリン、アクアマリンなど)の利用も目立ちます。
1840年代になると耳を覆うヘアスタイルが流行し始めたため、イヤリングの利用が少しづつ減少していきました。
サンプル:イヤリングを着けた女性の肖像画
ブレスレット
サイズ的には大きくなりましたが、重量はより軽くなっていきます。エナメル引き、中空、リボンスタイルなどスタイルは多様。
1830年まではナポレオン時代同様、リンクブレスレット(連結式)が主流でした。1840年頃になると、黒っぽく酸化させたシルバーを使用したネオ・ゴシック様式のものや、ネオ・ルネサンス様式のものも出現します。大きなカラーストーンが留められているものもありました。
サンプル:ゴールド&エナメルのリンクブレスレット
ブローチ
ナポレオン時代から一転し、広くブローチが利用されるようになりました。コルサージュの中央に留めるのが当時の定番スタイル。華やかさを引き立てるアイテムとして重宝されました。
1830年代半ばからは、フィリグリー細工とグラニュレーションが施された台座の上にカラーストーンが留められたものが出現します。
アルジェ侵略を契機に、ムーア風のブローチも制作され始めました。
天使や聖人をあしらったネオ・ゴシック様式の銀のブローチや、エナメル装飾や金製のツタやツルモチーフが施されたものも登場。チェーンやドロップ型のパールが垂れ下がるシャトレーヌ(chatelaine)タイプのブローチも見られました。
ネックレス
1820年代、1830年代もエスクラヴァージュスタイルが人気。チェーンにはカンティーユやグラニュレーション細工が施され、シトリン、アメジスト、アクアマリンなどが留められていました。
この時代は、十字架やハートの形をしたエナメル引きのゴールドプレートがペンダント的にぶら下げられているネックレスも見かけます。グラデーションネックレスや、エナメル引きのマイユを繋げたゴールドネックレスもポピュラーでした。
サンプル:7月王政期のアメジストネックレス
ペンダント
ナポレオン時代に引き続き、センチメンタルなものが主流でした。ヘアワーク(髪の毛)が納められたミニアチュールペンダントは相変わらずの人気で、ヘビがからみついたハートモチーフのペンダントなども作られています。
金の鍵、ペンシルホルダー、いろいろなタイプの十字架、エナメル引きの香水瓶やヴィネグレット(気付け薬入りの容器)などもこの時代に多く制作されたスタイルです。
サンプル:金とエナメルの香水瓶
4.ナポレオン3世時代(Second Empire)と19世紀末(Fin de Siècle)
ナポレオン3世が在位した1852年から1870年まで(ナポレオン3世時代)と、その直後からアールヌーボー期の直前までを指します(”Fin de Siècle"は異なる意で使用されるケースも多いですが、ここでは1870年代からアールヌーボー期前までを指す時代区分として使用します)。フランスではまとめてナポレオン3世時代と呼ばれることが多いです。
なかなか解説が難しい時代です。当時のジュエリーインフルエンサーであったウジェニー皇后が最も影響力を持ってはいましたが、ジュエリーの潮流には他にもさまざまな要因が関与していました。この時代のキーワードは「折衷主義」(éclectisme)。古典、ロココ、ルネサンス、ゴシックなど、さまざまな様式を巧みに融合させたデザインが特徴的でした。
ウジェニー皇后と18世紀回帰
ウジェニー皇后はマリー・アントワネットスタイルで飾った自分の肖像画を描かせるほど、アントワネットの熱烈なファンでした。彼女が好んだのは、ロココスタイル、リボンモチーフ、ガーランドなど、18世紀デザインの影響を受けたジュエリーです。ウジェニー皇后については、アンティーク物語『ウジェニー皇后とジュエリーの煌めき』をぜひご覧になってみてください。
カンパーナコレクションと古代趣味
カンパーナコレクションとは、イタリアのカンパーナ侯爵が主に1830年代から1850年代にかけて収集した、エトルリア、古代ギリシャ、古代ローマなどの古代美術品のプライベートコレクションで、古代ジュエリーも数百点含まれていました。1861年にナポレオン3世がこのコレクションの大部分を購入したことにより、フランスにおいても、古代様式への関心が一層高まりました。
ナポレオン3世は、叔父のナポレオン1世と同じく彫刻の発展を推奨したため、カメオの人気も衰えることなく続きました。
自然主義のさらなる隆盛
自然主義がさらに浸透し、花や植物のモチーフが広く使われるようになりました。その多くがダイヤで飾られてたのもこの時代の特徴です。自然主義の流れは植物のみならず、動物モチーフにも及びます。昆虫(ハチ、蝶、トンボ、甲虫など)に続き、鳥も人気に。改良により軽く装着しやすくなったトレンブラン(trembleuse)のモチーフも主に動植物でした。
1870年、1880年代にはキメラ(chimère)やドラゴンなどのファンタジックな生き物モチーフが誕生し、アールヌーボーに引き継がれます。
エジプトスタイルの人気
ナイル渓谷での考古学的発見や1869年11月のスエズ運河開通に伴い、エジプト様式人気が再燃。ヤシ、パピルス紙、スカラベやヘビのモチーフで飾られたジュエリーが作られました。
その他
- 星型デザインや黒色素材(エナメル、ジェット、オニキス)が多用されます。
- ペルピニャンガーネットの人気がピークに達しました。
-
イギリスの影響によりモーニングジュエリーが流行します。
ナポレオン3世とウジェニー皇后
キメラ(イメージ)
リング
大きめのセンターストーンを多くの小さな宝石で取り囲む、ポンパドールリングやマルグリットなどのクラスター系リングが流行しました。アンティーク物語『アンティークリングの少しややこしい話』でこれらのリングの背景を紹介していますので、ご覧になってみてください。バフカットのトルコ石をダイヤモンドやパールで取り囲むデザインのリングも多く制作されています。
セッティングに関する技術も進化しました。
- フランスの宝石商オスカー・マッサンは、台座メタルの反射を利用した、小さなダイヤモンドを大きく見せるイリュージョン・セッティングを広めました(小さなダイヤモンドを組み合わせる近年のイリュージョンセッティングとは異なるものです)。
- 6個の爪でダイヤモンドをシャンクから持ち上げ独立させた、ティファニー® セッティングと呼ばれるソリテールリングをTiffanyが1886年に発表しました。
男性は、ネオ・ルネサンス様式のシグネットリングや細密な彫刻が施された指輪を着けることが一般的でした。
ピアス・イヤリング
1940年代に一時低迷したイヤリングの人気は、19世紀後半に復活。M. Billietが特許を出願したとされるドルムーズピアスの人気が高まり、19世紀の中期から後期にかけて広く使用されました。
1870年代には10cmを超えるような長い吊り下げタイプ(pendant)のイヤリングが人気を博します。王政復古期や7月王政期のデザインにインスパイアされたダブルピアス(イヤリング)も、この時代の特徴的なデザインです。
折衷主義(éclectisme)が主流でしたので、自然、古代、ルネサンス、インド、中国、日本など、多様なテーマが見受けられます。また、ウジェーヌ・フォントネ(Eugène Fonteney) が制作したゴージャスなイメージのイヤリングが富裕層の間で大変人気を集めました。
素材としてはゴールドとパールの組み合わせが最も多く、他にダイヤモンド、オニキス、サンゴ、ジェットやエナメルなども使われています。
ブレスレット
ブレスレットはこの時期にとても好まれたジュエリーの一つです。両腕に様々なスタイルのものを数本着けるのが当時のトレンド。主にゴールド製で、サイズ、重量、デザイン、テーマなどにおいて、さまざまなバリエーションがありました。モチーフは、古代、ネオ・ゴシック、ネオ・ルネサンス、自然主義などがベースとなっています。
彫刻やエナメルが施されたもの、カボションカットの宝石がちりばめられたもの、カメオやミニアチュールが留められたもの、カフタイプのもの、連結式のリンクブレスレット、下げ飾りがぶら下がったものなど、とにかく非常に多様です。
ヘビをモチーフとしたブレスレットもこの時代の特徴的なジュエリーデザインの一つといえるでしょう。
19世紀半ばには幅広だったブレスレットも、19世紀の終盤にはより細くなっていきました。
ブローチ
ブローチのデザインやテーマも多様です。
基本的には前の時代(復古王政、七月王政)の趣向が引き継がれ、より自然主義を意識したものや下げ飾りの付いたものが加わりました。野ばら、スズラン、ヤグルマギクなどのブローチも作られています。
トレンブランも相変わらずの人気。メレリオはトレンブラン同様の効果を出すために、ばねではなく、しなやかなピンに植物モチーフを装着しました。
ナポレオン3世時代の終盤から19世紀末にかけては、乗馬やテニスなどのスポーツをテーマにしたものや、蝶、ハチ、スカラベ、トカゲ、バッタなどの生き物のブローチが多く制作されています。イタリアの宝飾師カステラーニに影響された古代スタイルのデザインも、変わらず人気を集めていました。
ネックレス
ブレスレット同様、ネックレスも大変人気がありました。
唐草模様やアンフォラを模った古代風のデザインのもの、エジプト趣味のもの、18世紀のデザインに影響されたもの、ネオ・ルネサンス様式のものなど、折衷主義の時代らしく、スタイルは多様です。
ゴールドのチェーンに、メダイヨン、自然主義モチーフ、クロス(十字架)などのバリエーション豊かなオブジェが留められたネックレスも作られています。珊瑚、トルコ石、ガーネット、ダイヤモンド、天然真珠などに加え、ナポレオン3世時代らしい、オニキスやジェットなどの黒色素材も大変人気がありました。
1870年代以降は、首まで詰まった胴着の上に着けるスタイルが一般的になります。
19世紀後半のステーションネックレス(18Kゴールド、フレンチジェット)
ペンダント
クロスやメダイヨン(ロケットペンダント)を含む、バラエティー豊かなデザインが揃っていました。カメオ、ミニアチュール、アンフォラ、マイクロモザイクなどを使用し、古代を想起させるペンダントも多く作られています。
羊飼いの女性の肖像画を真珠で縁取りしたメダイヨンはこの時代の定番スタイルです。
ダイヨンのデザインも多様。中央がガラスで仕切られ、両コンパートメントにそれぞれ写真を収納できるなど、洗練されたスタイルのメダイヨンが登場します。
コンバーチブルジュエリーが進化し、ブローチとしても利用できるペンダントが普及しました。
ロケットペンダント ミニアチュール(羊飼いの娘)と50個の天然真珠
オーバル型クロスペンダント(ブラックカルセドニー&天然真珠)
前編は以上となります。
後編ではアールヌーボー、ベルエポック、アールデコという、フランスのアンティークジュエリーが最盛期を迎えた時代をご紹介いたします。
最後までありがとうございました!