アンティークリングの少しややこしい話

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。

アンティークリングにはいろいろなスタイルのものがありますね。トワエモワ、マーキーズ、クラスター、ダッチェス、etc。いずれも興味深い誕生エピソードや時代背景がデザインの裏に潜んでおり、多くのスタイルが現代にも受け継がれています。

 今回は、これらのリングスタイルのうち、混同して使われていたり、複数の意味を持つなど分かりづらいフランスのリングスタイルについて解説していきたいと思います。

フランスでは同じスタイル名が異なったデザインに対して使われていたり、特定のデザインに異なるスタイル名が存在していたりすることが多くあります。それまで誤用とされていた表現が市民権を得てあるときから正しい言葉として辞書に採用されることがあるように、本来の(根源的な)定義・意味と、市場での使われ方に乖離があるのはよくあること。身も蓋もありませんが「この定義だけが正しい」という結論は存在しませんので、あらかじめご了承ください。

 このブログで取り上げるリングは、ポンパドール(Pompadour)、マルグリット(Marguerite)、マーキーズ(Marquise)です。ポンパドールとマルグリットはいわゆるクラスターリングに分類されます。フランスのアンティークジュエリーに興味を持たれている方であれば一度は目にしたり耳にしたりしたことのある名前なのではないでしょうか。

上に挙げたリングはいずれも「ポンパドール夫人」(Madame de Pompadour)が深く関わっています。今回の物語の中心となる方なので、まずはこの方の背景を見ていきましょう。

ポンパドール夫人の肖像画ポンパドール夫人

1721年生まれの彼女の本名は"Jeanne-Antoinette Poisson"。1745年から1751年の6年間、当時のフランス国王ルイ15世の愛人でした。「夫人」という敬称が付いているのは、シンプルに既婚者でもあったから。金融の専門家である夫がいたのですが、夫とは別居し、ルイ15世の住むヴェルサイユ宮殿に移り住みました。結婚4年目の夫とは離婚もしていません。ひどい話だと感じられるかもしれませんが、実は夫とはそこそこ近い親戚関係にあり、相続等の問題を解決するために政略的に結婚させられていたのです。今回詳細は省きますが、この結婚にはなかなか興味深い人間ドラマが隠されています。

ルイ15世は彼女を溺愛し、ヴェルサイユ宮殿の植物園にはル・プティ・トリアノン(小トリアノン宮殿)を、パリ近郊の町ムードン(Meudon)には小さなお城を夫人の滞在先として建てさせました。

 一番大きな贈り物はポンパドール城。彼女の滞在先として建てさせた他の建物と異なり、このお城は贈与により完全に彼女の所有となったのです。

ポンパドール城

 ポンパドール城は、"Arnac-Pompadour"というボルドーから200kmほど東に位置する町に建てられた大きなお城。彼女をお城のオーナーにしたのは、”Marquise”(侯爵夫人)という貴族の称号を与えるため。この称号を名乗るためには、しかるべき領地を持たなければなりませんでした。夫人はこの贈与により、お城と貴族の称号、二つのものを得ることができたのです。この時点でJeanne-Antoinette Poisson夫人は通称ポンパドール夫人(Madame de Pompadour)となりました。フランスではポンパドール侯爵夫人(Marquise de Pompadour)と呼ばれることもあります。

ルイ15世が魅了されたこの女性は侯爵夫人(マーキーズ、仏語発音的にはマルキーズ)です、ここ大事です。

 これで冒頭でお話しさせていただいた指輪のスタイル3つのうち、ポンパドールとマーキーズ、2つの名前が登場しましたね。寄り道しているようでいて、しっかりリングスタイルの解説に近づいています、ご安心ください。

ポンパドールリング

 ルイ15世は、楕円形の大きなサファイアをダイヤモンドが取り囲む花のようなデザインのリングを夫人に贈りました。このデザインは夫人が自分の領地に咲く花々からインスピレーションを得たもの、という説もあります。初めて身に付けた彼女の通称にちなんで、リングは「ポンパドール」という名前で呼ばれるようになりました。

ポンパドールリング 

ご存知の方も多いと思いますが、チャールズ国王(皇太子)がダイアナ元妃に婚約指輪として贈ったポンパドールリングは、その後ウィリアム皇太子(王子)からキャサリン皇太子妃に渡ることとなりました。その誕生エピソードも王室がらみですので、ポンパドールリングは王室御用達のスタイルともいえますね。

元々はサファイアをダイヤモンドが取り囲むスタイルでしたが、ルビー、アメジスト、真珠など、その応用範囲はかなり広くなりました。

さて、ここで一つ目のややこしい話が出現します。

マルグリットリング

日本ではあまり馴染みのない呼び名かもしれませんので、まずは当店で販売しているマルグリットリングをご覧ください。 

アンティーク ローズカットダイヤモンドのクラスターリングローズカットダイヤモンドのマルグリットリング

マルグリットはフランス語で"Marguerite"、花のマーガレットを意味します。可憐なマーガレットの花を想起させる素敵なリングですね。 先にご紹介したポンパドールリングとかなり似たスタイルです。異なる点はセンターストーンが真円(まんまる)であることくらいでしょうか。

問題は、センターストーンが楕円のクラスターリング(=ポンパドールリング)も「マルグリット」と呼ばれることがあるということ。フランスの解説でも「ポンパドールとも呼ばれるマルグリットリングは~」とされることがあります。

「ポンパドールと混同されることが多いマルグリットという呼び名は、その台座の形状およびマーガレットと似ていることに由来しています。マルグリットは常に真円であり、楕円ではありません。」というまっとう?な主張もそれなりに見かけますが、とにかくあちらでも混乱状態。

 根源的な定義はさておき、市場ではどのように使われているのでしょうか?フランス最大級の在庫を誇る某アンティークジュエリーサイトで、これらの呼び名がどのように使用されているか調べてみました。

  • 「ポンパドール」検索の出力結果: 楕円 92% 真円 8%
  • 「マルグリット」検索の出力結果: 楕円 35% 円 65%

ポンパドールは楕円が92%と圧倒的に多く、マルグリットは65%が円という結果になりました。想定通りの傾向でしたが、やはりその使い方は混乱しているといえるでしょう。あくまでも通称ですので、正しい結論というものはありませんが、自分としては以下の説明が一番しっくりきます。

「マルグリットはポンパドールとも呼ばれますが、純粋主義者の方々はセンターストーンが真円のリングのみをマルグリットと呼び、楕円のものをポンパドールと呼んでいます」

地味な落ちですが、これが最も実態を的確に表している定義なのではないでしょうか。

ややこしい話はまだまだ続きます。

マーキーズリング

皆さまはマーキーズと聞いてどのようなリングをイメージしますか?ほとんどの方が両端の尖っている細長い楕円のリングを思い浮かべるのではないでしょうか。 

アンティーク ペルピニャンガーネットのマーキーズリングペルピニャンガーネットのマーキーズリング

実は先にご紹介したポンパドールリングもマーキーズと呼ばれることがあるのです。もちろんこの呼び名の由来はポンパドール夫人の爵位、マーキーズ(侯爵夫人)。

「ポンパドール」⇔「マルグリット」比較と同じようにフランス某店の検索でどのようなタイプが対象となるかをチェックしてみました。「マーキーズ」検索の結果は、両端の尖った細長い楕円タイプが71%、前にご紹介したポンパドールタイプが29%。ポンパドールタイプのものがここまで多いのは意外でした。ちなみに両端尖り系のマーキーズリングは必ずしも周囲が脇石に囲まれているクラスタースタイルであるとは限りません。

マーキーズの由来

それでは本流の両端尖りマーキーズはなぜマーキーズという名称で呼ばれているのでしょうか?

この背景にもややこしい話が隠れています。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この場合の「マーキーズ」はもともとリングの呼び名ではなく、宝石のファンシーカットの名前。55~58のファセットから構成され、一目見たら忘れられない独特の形状をしています。

マーキーズカットのダイヤモンドマーキーズカットのダイヤモンド

ここでまたルイ15世とポンパドール夫人の登場です。このカットはルイ15世が夫人の美しい笑顔を永遠に残すために、その唇をイメージしてダイヤモンドをカットさせたのが始まり、とされています。

当初はこのカットの宝石をシャンクに乗せたものがマーキーズリングと呼ばれていましたが、その後は台座も含めこの外形を持つリングがみなマーキーズリングと呼ばれるようになりました。現在では細長い楕円でマーキーズスタイルをイメージさせる形状のものは、両端が尖っていないケースでもマーキーズリングと呼ばれています。

まとめ

最後にややこしいポイントをピックアップして整理しておきましょう。

  • ポンパドールとマルグリットは同じリングタイプとされる場合もあるが、厳密にはセンターストーンが楕円のものがポンパドール、真円のものがマルグリット
  • フランスではポンパドールリングもマーキーズリングと呼ばれることがある。
  • 一般的にマーキーズリングは両端の尖った細長い楕円のタイプのリングを指すが、これはもともとリングのタイプ名ではなく、ファンシーカットの名称。

いずれも発端はJeanne-Antoinette Poissonことポンパドール夫人。マリーアントワネットやナポレオン3世の皇后ウジェニーと並ぶフランスアンティークジュエリー界の伝説の女性の一人、といえるでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました!