クレオパトラが愛した緑:エメラルドの美と象徴性
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
エメラルドは古代より人々を魅了してきた宝石です。その歴史は非常に古く、紀元前4000年頃まで遡るとされています。古代バビロニア、古代エジプト、古代ローマ、インカ帝国などを始めとして、数千年にわたり世界各地で人々を惹きつけ、装飾品やジュエリーとして大切にされてきた歴史を持っています。
ビジュアル面の美しさだけでなく、再生や愛、癒しを象徴する神秘的な力があるとも信じられてきました。クレオパトラもまたその美しい緑に魅了され、自身の権威と美を引き立てるためにエメラルドを愛用したといわれています。
本記事では、主にその神秘的な面にフォーカスを当てて、クレオパトラの伝説やエメラルドの象徴性などをご紹介いたします。アンティークジュエリーとの関わりをご紹介する第4章を除き、必ずしも科学的客観性や確実な史実に基づいた内容ではありませんが、この素敵な宝石にまつわるロマンとしてお楽しみいただければ幸いです。
目次
- エメラルドの緑
- クレオパトラとエメラルドの伝説
- エメラルドが象徴するもの
- アンティークジュエリーとエメラルド
- おわりに
1.エメラルドの緑
私たちはなぜエメラルドの深い緑に心を奪われるのでしょうか。「エメラルドグリーンの海」や「エメラルドグリーンの瞳」という表現が使われるほど、その特別な緑色は私たちを惹きつけます。
緑という色の特徴と、エメラルドグリーンならではの魅力をそれぞれ見ていきましょう。
人間の目にとって緑は、安心を感じる色です。これは進化の過程において、緑が豊かな植生や安全な環境と結びついたためであると考えられています。森の中を散歩したり自然環境に身を置くことによりリラックスすることができるのは、きっと多くの皆さまが実生活の中でご体験されていると思います。緑は、目に優しく、心を穏やかにする効果がある色であるといえるでしょう。
多くの文化で、緑は生命(再生)、成長、繁栄を表します。さまざまな文化圏において緑が象徴するものを調べてみました。
西洋(ヨーロッパ・北米):
春、再生、希望。キリスト教では復活や永遠の生命。
東洋(中国、日本など):
中国では生命力、調和、繁栄。風水においては成長や健康も。日本では自然や静寂といったイメージとともに、再生を象徴することもあり。
中東・イスラム文化:
イスラム教で神聖な色とされ、楽園、生命、豊穣を象徴。モスクのドームやタイルにも緑が使われることが多い。
アフリカ:
肥沃な土地や農業の豊かさを表し、成長や繁栄を象徴。
南米(先住文化):
生命力や自然の恵みを象徴。

このように、緑は人間にとって豊かで生命力あふれる色であることがわかります。
他の色に比べればどちらかというと種類は少ないのですが、緑色の宝石はエメラルドだけではありません。ペリドット、デマントイドガーネット、グリーンサファイア、グリーントルマリンなど、いくつか緑の宝石が存在します。その中で、なぜエメラルドが圧倒的な人気を誇っているのでしょうか。アンティークジュエリーにおいても、特にアールヌーボーやアールデコ期のものに多く見られる宝石です。
人気の理由の第一は、やはりその独特の色合いでしょう。エメラルドの緑色は、他の緑色の宝石には見られない、青みがかった深く濃密なものです。これは微量成分のクロムやバナジウムによる発色です(宝石の発色メカニズムについては、アンティーク物語『蜂ブローチからの「同形置換」からの「他色」と「固溶体」』をご覧ください)。その美しさは、私たちの心に強く残る印象的なもの。「エメラルドグリーン」という言葉が生まれるほど個性的なこの色は、世界中の人々に広く知られています。他の緑色の宝石には無いこの独特の色合いこそが、エメラルドが緑色の宝石の中で最も人気を集める最大の理由です。
インクルージョン(内包物)の存在も、にエメラルドを際立たせている大きな要因です。一般的な宝石評価の世界では、インクルージョンはマイナス要素とされることが多いのですが、エメラルドにおいてはむしろ美しさの一部として受け入れられ、エメラルドならではの個性として愛されています。エメラルドのインクルージョンは、樹木の枝葉や苔のように見えることがあり、フランスでは、詩的に「庭園(ジャルダン、jardin)」という愛称で呼ばれます。"Jardin d'Émeraude"(エメラルドの庭)、素敵な言葉だと思いませんか?また、微細なインクルージョンは光の屈折や反射に影響を与え、色の深みや複雑さを加えることもあります。
エメラルドはサイズが大きくなるほどインクルージョンも増えやすいのですが、大粒のものでも「ありのままの自然美」が尊ばれ、過度な加工を避け、あくまで自然に見える美しさを大切にする文化が根づいている興味深い宝石です。
1390カラットのエメラルド 出典:Wikimedia Commons
上の写真は、ベイルート・ミム博物館に収蔵されている巨大エメラルドです。全体的にインクルージョンが目立つようにも見えるこちらの個体でさえ、「上から3分の2はインクルージョンがほとんど無く」と記されるほど、エメラルドにとってインクルージョンはごく当たり前の存在なのです。
皆さまのアンティークジュエリーに留められているエメラルドをルーペなどで拡大してご覧になってみてください。必ずといっていいほどインクルージョンが見えるはずです。もし全く見つけることができなかった場合、その『エメラルド』は...
2.クレオパトラとエメラルドの伝説
クレオパトラをご存じない方はいらっしゃらないでしょう。彼女は宝石に対する並外れた愛情を持っていました。中でも、特別な想いを寄せていたのが、あの深い緑色の宝石、エメラルドなのです。
この章では、クレオパトラ(7世、紀元前69年~紀元前30年)とエメラルドにまつわる伝説をいくつかご紹介いたします。なお、クレオパトラに関するこれらの情報は、確かなものからそうでないものまで、その信ぴょう性は様々です。歴史的資料に裏付けられたものもあれば、不確かなもの、そして明らかに後世の創作と考えられるものなどが混在しています。あくまでも「伝説」「ロマン」としてお楽しみください。
エメラルドとの関わりに入る前に、少しだけクレオパトラの人物像に触れてみましょう。
「絶世の美女」「ジュリアス・シーザーを虜にした美貌」と語られる女王クレオパトラですが、古代ギリシャの著述家で歴史家のプルタルコス(Ploutarchos、英Plutarch)によれば、彼女の美貌は後世に語り継がれているほど飛びぬけていたわけではなかったそうです。むしろ知性、教養、機知に富んだ会話術、そして人を惹きつける内面の魅力こそが、多くの人々を魅了した要因であると分析しています。
歴史の中で、クレオパトラは様々なイメージで語られてきました。ルネサンス期の古典復興においては「教養と美貌を兼ね備えた理想的な女王」でしたが、19世紀のロマン主義の時代になると、宝石や香油を駆使して男たちを魅了し翻弄する妖艶な女王というイメージに変化します。クレオパトラが宝石を魔術的に用いたというイメージは、彼女が真珠を酢に溶かして飲んだという逸話に由来するもので、中世の神秘主義や錬金術思想、さらには19世紀のロマン主義の影響を受けて、魔術的な部分が強調されたようです。
生前に制作されたクレオパトラ像 出典:Wikimedia Commons
それではクレオパトラのエメラルドにまつわる伝説をいくつかご紹介いたします。
エメラルドの愛用
クレオパトラは、ふんだんにエメラルドが留められたゴージャスなジュエリーを身につけていたと伝えられています。指輪、ネックレス、腕輪、頭飾りなど、その全てが深く美しい緑色の輝きを放ち、彼女の美しさと威厳を一層際立たせていたそうです。特に公の場に現れる際には、必ず多くのエメラルドで自分を飾り、富や権力を誇示したといわれています。また、エメラルドの利用はジュエリーにとどまらず、宮殿の装飾にも取り入れられていたようです。彼女のエメラルドへの愛着は後世の伝説でさらに誇張されていき、これがエメラルドが神秘的な力を持つ宝石として語られるようになることを後押ししました。
エメラルド鉱山の所有
クレオパトラはエメラルド鉱山を所有し自ら管理していたとされます。後に「クレオパトラ鉱山」と呼ばれるようになったこの鉱山は、エメラルドを多く産出し、彼女の富と権力の象徴とされました。
エジプトにおけるエメラルド採掘は紀元前2000年頃から行われており、クレオパトラの時代にも紅海沿岸などで鉱山が稼働していたことが考古学的に確認されています。1881年にはフランスの探検家 フレデリック・カイヤール (Frédéric Cailliaud)によってこの「クレオパトラ鉱山」が再発見されましたので、クレオパトラがこれらの鉱山を活用していた可能性は高いといえるでしょう。
クレオパトラは紅海に浮かぶザバルガット島のペリドット鉱山も所有していた可能性が高いようです。「ペリドット鉱山」と表現しましたが、実はこのペリドットが当時はエメラルドと混同されていた可能性もあり、彼女が所有したエメラルドの一部がペリドットであったかもしれないという説も存在しています。
エメラルドの外交的利用
エジプトを訪れる要人や外交相手に対し、自身の肖像を彫った大きなエメラルドを贈ったいわれています。彼女の富や権力を誇示するとともに、エジプトの豊かさをアピールする外交手段だったようです。
古代エジプトのファラオや王族が宝石などの高価な贈り物を通じて外交を行うことは一般的でしたので、クレオパトラがエメラルドを要人への贈り物として使用した可能性は非常に高いのではないでしょうか。ただし、「肖像を彫った」エメラルドを贈ったという記述は古代の一次史料には見られません。肖像に関しては、おそらくクレオパトラの魅惑的なイメージや神秘性を強調するための、後世の脚色であると思われます。
神秘的な効能
自身を飾ったり贈り物として利用するだけでなく、以下の効能を信じてエメラルドを使用していたという言い伝えもあります。
魔除けの伝説:
邪悪な霊や呪いから守られると信じて、護符として身につけた。
薬効の伝説:
健康増進(病気の治癒、感情の安定、身体の浄化)を求めて身につけた。
媚薬の伝説:
当時は愛や魅力を高める効果あるといわれており、これを使って男性を魅了した。
他にもクレオパトラとエメラルドに関する伝説は数多く存在しますが、あまりにも非科学的・非現実的であるため、ご紹介は控えておきます。
エメラルドに限ってもこれだけ多くの伝説が生まれるクレオパトラは、やはり人々を魅了する特別な存在なのでしょう。
以下は、クレオパトラが生まれる2世紀ほど前のものとされるエジプトのエメラルドリングです。彼女がその後所有することとなったエメラルド鉱山で産出したエメラルドを使用したものである可能性があるといわれています。クレオパトラも同じようなデザインのリングを着けていたかもしれませんね。
エジプトのエメラルドリング(紀元前330~300年頃)出典:メトロポリタン美術館
3.エメラルドが象徴するもの
冒頭で「緑という色」が象徴するものをご紹介いたしましたが、ここではもう一歩掘り下げて、エメラルドという宝石が歴史の中でどのような意味を託されてきたか、その象徴するものをご紹介いたします。
古代
豊穣と再生:
古代エジプトでは、エメラルドは肥沃と再生の象徴でした。また、自然と豊穣、復活の女神イシスと結びつけられていたという説もあります。
権力と富:
富、権力、そして高い地位の象徴とされていました。クレオパトラはまさにこの象徴性を最も重んじてエメラルドを愛用していたものと思われます。
知恵と記憶:
『アメジストの物語:バッカス神話と伝説』にも登場する博物学者プリニウスによると、古代ローマでは、エメラルドは記憶力を高め、知性を鋭くすると信じられていたそうです。
保護と癒し:
悪霊や病気から身を守る力があると信じられ、治療にも用いられました。クレオパトラもこれらの効能を信じていたといわれています。
中世
貞節:
中世ヨーロッパでは、女性の貞節を保つ力があると信じられていました。「身に着けた女性が不貞を働くと変色する・割れる」とされることもあったようです。
未来予知と真実:
一部の文化や地域において、未来を予知したり隠された真実を見抜く力を持つと信じられていました。
魔術からの保護:
古代同様、中世においても、魔法や呪文に対する解毒剤として、また身を守る護符として用いられました。
視覚・精神・魂の回復・癒し:
「視力を回復する」「心を若返らせる」「魂を癒す」などの回復・癒し系の力は、中世の宝石書おいて頻繁に登場するエメラルドの特性として知られています。
近世・現代
再生と希望:
春の芽吹きのような緑色から、再生、新しい始まり、希望の象徴とされています。
愛と忠誠:
永遠の愛と忠誠を表し、結婚20周年や35周年の記念石としても用いられています。
癒しとバランス:
その落ち着いた緑色から、心身の調和を促し、精神的な癒しをもたらす力を持つと考えられています。ヒーリングストーンとしても人気があるのは周知の通りです。
成長と繁栄:
自然の豊かさを思わせるその緑色から、エメラルドは成長や繁栄、豊かさの象徴とされています。「再生と希望」という象徴性に近い部分もありますが、ビジネス運・金運アップの象徴としてエメラルドが紹介されるケースも多く、マーケティング的にも「繁栄の石」として位置づけられているようです。

4.アンティークジュエリーとエメラルド
最後に、アンティークジュエリーの歴史の中でエメラルドがどのように用いられてきたかを見ていきましょう。アンティーク物語『フランスのアンティークジュエリー史概要(前編)』及び『フランスのアンティークジュエリー史概要(後編)』をお読みいただくと、より理解を深めることができます。
復古王政(Restauration)と七月王政(Monarchie de Juillet)
1814年頃から1848年頃までの時期です。
復古王政と七月王政下のフランスでは、個人の主観や感情を重視する、恋愛や自然賛美などの特徴を持つロマン主義(romantisme)が文化・芸術の主流となります。愛と自然の象徴として親しまれたエメラルドは、フィリグリーや精緻な彫金が施されたゴールドやシルバーにセットされ、ペンダントやロケット、パリュールへと仕立てられていきました。エメラルドの緑色は、当時人気を博した自然モチーフの装飾や、ロマンティックな理想の体現において重要な役割を果たしています。
また、ヴィーナスや春のイメージと結びつけられ、真珠やローズカットダイヤモンドと共に装飾された宝飾品が婚約の贈り物として用いられました。あまり知られていませんが、ダイヤモンドやガーネットと同様に、エメラルドにもフォイルバックが使われていたのは、クローズドセッティングが主流であった当時ならではの一工夫です。
ナポレオン3世時代(Second Empire)
ナポレオン3世が在位した1852年から1870年までをナポレオン3世時代と呼びますが、フランスではその直後からアールヌーボー期の直前まで(Fin de Siècle)を含めることも多くあります。
ナポレオン3世とウジェニー皇后の華やかな宮廷文化は、ジュエリーをより一層豪華なものへと押し上げました。この時代には、コロンビア産エメラルドがパリの宝石商を通じて王侯貴族や富裕層に広く流通し、ウジェニーや貴族女性のティアラ、パリュール、ブレスレットなど飾ります。また、エメラルドは、個人的な好みからウジェニーが特に情熱を注いだ宝石のひとつでもありました。皇后のエメラルドコレクションは、この時代の豪華さを象徴するもので、まさにエメラルドが繁栄と権威の象徴となったのです。
※ウジェニー皇后とエメラルドに関する詳細は、アンティーク物語『ウジェニー皇后とジュエリーの煌めき』でもご紹介しています。
ショーメやメレリオ・ディ・メレーなどのハイジュエラーは、ウジェニー皇后が好んだロココなどの18世紀様式や古典主義の要素を取り入れ、エメラルドを金やエナメルと組み合わせたジュエリーを制作しました。また、カメオやグラニュレーション装飾のジュエリーにも組み込まれるようになったのは、19世紀におけるエトルリア、古代ギリシャ、古代ローマなどのリバイバルジュエリーの流行によるものです。
ウジェニー皇后の王冠 出典:Wikimedia Commons
ベルエポック(Belle Époque)とアールヌーボー(Art Nouveau)
アールヌーボーとベルエポックは、いずれも19世紀末から20世紀初頭の、ほぼ同じ時期に隆盛を極めた様式です。
プラチナの導入や18世紀回帰により、ベルエポック期においては軽やかで繊細な細工のデザインが主流となりました。ガーランドスタイルや自然をモチーフとしたジュエリーが多く制作され、エメラルドもこれらの繊細なジュエリーを飾っています。1900年にはパリ万国博覧会が開催され、フランスの芸術性をアピールするものとしてエメラルドを用いた多数の作品が世界に紹介されました。
同時期のアールヌーボー運動は、優美な印象を与える柔らかなラインや、植物、花、動物などの自然をモチーフとしたデザインが主流で、エメラルドのジュエリーにも影響を与えています。ルネ・ラリックやジョルジュ・フーケなどのアーチストたちは、エメラルドを花、葉、昆虫、女性像などの流れるようなモチーフに組み込み、プリカジュールエナメルなどと組み合わせた素晴らしい作品を多数制作しました。エメラルドの緑色は、アールヌーボーの自然主義とマッチし、ブローチやペンダントなどのジュエリーに多く用いられたのです。
エメラルドとダイヤモンドのトンボペンダント(アールヌーボー)
アールヌーボー ゴールドペンダント(ダイヤとエメラルドと天然真珠)
アールデコ(Art Déco)
第一次世界大戦後(1920年頃)から第二次世界大戦開始(1940年頃)までの、アールデコ様式が隆盛を極めまた時代を指します。
アールデコ期には幾何学模様や力強い直線が多用されましたが、その幾何学的なデザインを、エジプト、東洋、アフリカなどのエキゾチックなスタイルと融合させたジュエリーも多く制作されました。エメラルドは、その鮮烈な深い緑色で、幾何学的モダニズムと異国情緒を表現する宝石として用いられています。
1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」はアールデコの頂点ともいえるイベントで、アールデコ様式が世界的に広まるきっかけとなりました。この博覧会には、「モダンな贅沢」を象徴するエメラルドジュエリーが多数出展されています。出展されたジュエリーに用いられていたエメラルドは、バゲットカットやスクエアカットされたもの。幾何学的なデザインのプラチナやホワイトゴールド台座にセットされ、オニキス、珊瑚、翡翠などの宝石とのコントラストが強調されていることもありました。まさにアールデコ様式を体現したジュエリーです。
この時期、カルティエ、ブシュロン、モーブッサンなどのハイジュエラーが、コロンビアやインド産のエメラルドを用い、シンメトリーで大胆な作品を制作しています。カルティエの「パンテール」モチーフやモーブッサンの幾何学的デザインのブローチなどにもエメラルドが用いられました。また、エジプトマニアのスカラベ(アンティーク物語『エジプトマニアとアンティークジュエリー』参照)、インド風の彫刻(ムガール様式の花・葉など)が施されたエメラルド、中国風の翡翠と組み合わせたバングルやソートワール(ロングネックレス)など、エキゾチックな魅力満載のジュエリーもハイジュエラーによって制作されています。
エメラルドとサファイアのブローチ(Cartier、1920年頃。エメラルドは17世紀) 出典:メトロポリタン美術館
おわりに
エメラルドの物語、いかがでしたでしょうか。その希少性や高い硬度、美しいビジュアル以外にも奥深く魅力的な背景をたくさん持っていることに驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんね。クレオパトラの伝説にも彩られ、愛、再生、繁栄を象徴するこの宝石は、アンティークジュエリーにおいても特別な存在です。
全編にわたってロマンや神秘性をテーマにするはずが、アンティークジュエリーの章では少し専門的になってしまい失礼いたしました。
エメラルドという石を通して、アンティークジュエリーの魅力や奥深さを感じていただけたなら嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!