蜂ブローチからの「同形置換」からの「他色」と「固溶体」

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。

アンティークジュエリーの楽しみの源泉は、その歴史的背景などの文化面と、見た目の美しさやコーディネートなどのアート的側面が主なものでしょう。

本記事の目的は、ジュエリーの「素材」にいつもと異なる角度からスポットを当てて、アンティークジュエリーの楽しみをさらに増大させるお手伝いをすることです。

ほんの少しだけ化学に関する専門的な解説も登場しますが、化学的厳密性よりもわかりやすくお伝えすることにポイントを置くように心がけます。少しだけご辛抱ください。

それでは最初に当ショップ在庫の蜂のアンティークブローチをご覧ください。19世紀後期の英国製です。

 蜂のアンティークブローチ

 使用されている宝石は多様です。鑑別結果として提示されたのはダイヤモンド、ムーンストーン、アンデシン、サファイア、ガーネットという5種の宝石。 

アンデシンは馴染みのない方も多いかもしれませんね。ムーンストーンと同じ長石(フェルドスパー)の仲間です。アンデシンは鑑別結果に記載されている宝石名ですが、実はラブラドライトも多くの場合アンデシンと記載されます(宝石鑑別団体協議会談)。本ブローチのものは、透明かつ美しいブルーの閃光が見えますので、ラブラドライトもしくはラブラドライトとの中間体であるアンデシン・ラブラドライトでしょう。(アンデシンという宝石名で赤いものをイメージされる方もいらっしゃるかもしれませんが、ラブラドライト、もしくはラブラドライトに近いものはこのように青色の閃光が見えるムーンストーン同等の風合いになることが多くあります)

ちなみに「ムーンストーン」も鉱物名ではなく宝石名です。

サファイアもミステリアスな背景のある宝石です。ルビーと同じ鉱物(コランダム)であるというのは有名な話ですが、なぜ同じ鉱物であるにも関わらずルビーと異なる色合いになるのでしょうか?

 ガーネットはサファイアとは逆で、同じ「ガーネット」という名前がついていても、実際は異なる鉱物であるものが何種類もあり、さらに同一鉱物の中でも微妙な成分の違いにより異なる宝石名で呼ばれるものもあります。

ムーンストーンとラブラドライト(アンデシン)の関係は具体的にどのようなものなのでしょう。同じ鉱物であるルビーとサファイアの違いは?

 本記事では蜂のブローチに留められている宝石のうち、ダイヤモンドを除く4種の宝石を例に、鉱物をめぐる不思議な性質をいくつかご紹介していきます。

目次には読むのを躊躇してしまいそうな単語がいくつも出現しますが、できるだけ分かりやすく解説しますので、ぜひ最後までお読みください。「なんとなく」でもご理解いただければ、これまでとは違った観点からジュエリーを楽しんでいただけるようになります。

わかりやすさを優先しますので、使用する単語等の一部が学術的な厳密性から少し外れる場合もあります、ご了承ください。

目次

  • 原子が入れ替わる「同型置換」
  • 宝石の発色「他色」も同形置換から
  • 同形置換で作り出される「固溶体」の世界

 本題に入る前に少し肩慣らしをしておきましょう。超簡単な中学校化学の復習です。化合物(複数種類の原子でできている物質)が化学式で表現される、ということを思い出していただければそれで十分です。

水の化学式(分子式)を覚えていらっしゃいますか?そう、H2Oです。水素原子(H)2個と酸素原子(O)1個が結びついたものです。

 分子構造や結晶構造が視覚的にどのように表現されるかも思い出しておきましょう。以下は水(H2O)の分子構造図です。

 

厳密には複数の分子から構成される鉱物・宝石の結晶構造図とは少し異なるものですが、この図を見てなんとなく化合物の構造がイメージできれば以後の解説は問題なく理解できます。肩慣らしはこれで終了、本編に入りましょう。

原子が入れ替わる「同型置換」

同形置換は本記事のメインテーマである「他色」と「固溶体」の基礎となるものです。読んで字の通り、「同じ形で置き換わる」ことを指します。

もう少し具体的に表現すると、「結晶中のある原子が他の原子に置き換わること」です。これだけでは少し足りないので、さらに厳密に定義して、「結晶構造を変えることなく」を頭に付けましょう。最終系は、「結晶構造を変えることなく、結晶中のある原子が他の原子に置き換わること」になります。

「同型」は結晶構造が変わらないことを指し、「置換」が示すのは原子の置き換え。でもこれだけだとまだ???ですね。だから何?みたいな。

具体的にイメージできるように図解します。

 

塩(食塩)はナトリウム(Na)原子と塩素(Cl)原子が一対一で結合した化合物で、化学式ではNaClとなります。上図の左側は塩の結晶構造図で、右側は塩の結晶のうちいくつかの塩素原子が結晶構造そのままにカリウム(K)原子に置き換わった、同形置換された結晶を表しています。

同形置換は自然界でよく起きる現象ですが、置き換わる原子同士にはいくつかの化学的特性が近いなどの条件があり、あらゆる原子同士が置き換え可能、というわけではありません。

宝石の発色「他色」も同型置換から

また聞きなれない単語が出現しました。「他色」とは何でしょう?

簡単にいうと、例えば不純物などによって作り出される、鉱物の本来の色(自色)とは異なる色のことです。
鉱物が他色を呈する原因として、主に以下の事象が挙げられます。

  1. 微量成分の「同形置換」
  2. 微粒子の不純物混入
  3. 原子の欠損
  4. 自然界の放射能

    透明な宝石が他色を呈する原因で一番多いのは一番目に挙げた「同型置換」によるものです。

    少し脇道に逸れますが、2番目の微粒子の不純物が混入して発色する例として、カルセドニー(玉髄)があります。アゲート、カーネリアン、クリソプレーズ、ジャスパーなどのグループです。レッドジャスパー(赤碧玉)は赤い酸化鉄の微粒子が混じりこんでいて、この微粒子の色が赤色の発色要因となっています。これらの色は「擬色」と呼ばれることがあります。微粒子の不純物が混入して発色する鉱物は、半透明もしくは不透明。宝石としてはなかなかハイクラスなものになりにくいかもしれません。

    それに対して、一番目に挙げた微量成分の「同型置換」 による発色は本来の透明な状態をキープすることができます。例えばコランダム(ルビー、サファイアなど)やベリル(エメラルド,アクアマリン,ヘリオドールなど)の色は「同型置換」によるものです。

    冒頭でご紹介した蜂ブローチの左目はピンクサファイア。鉱物名はコランダム(酸化アルミニウム - Al2O3)です。

    純粋なコランダムは無色透明で、この無色透明なコランダムはカラーレス・サファイアと呼ばれます。コランダムはアルミニウム原子(Al)の一部が特定の原子に置き換わる(同型置換)によってさまざまな「他色」に発色します。クロム(Cr)原子に置き換わることよりレッドやピンクになり、鉄(Fe)原子とチタン(Ti)原子への置き換わりによりブルーに。イエローサファイアはマグネシウム(Mg)が原因です。

    同じレッド系でも、濃いレッドのコランダムは「ルビー」と呼ばれ、レッドよりやや薄めのピンクのものは「ピンクサファイア」となります。この色の濃淡を決めるのは置き換わるクロム(Cr)の量。ルビーはアルミニウム原子のうち0.5~1%程度がクロムに置換したものですが、ピンクサファイアの場合はそれを下回るごくわずかのクロムしか置換していません。

    同形置換による他色で面白いのは、ある特定の元素が常に同じ色の発色因になるとは限らないということです。例えばコランダムにおいてクロムは赤系の色(ルビー、ピンクサファイア)の発色因となりますが、ベリルでは緑(エメラルド)の発色因です。

     これは発色のメカニズムが先にお話しした微粒子の不純物混入のケースと全く異なるからです。

    不純物混入の場合は不純物の色そのものが発色因なのですが、同形置換の場合は光の吸収メカニズムの変化によるもの。特定の結晶構造とその構造における原子の特性により、吸収される光の波長が変化するのです。ルビーは赤色以外の光が全て吸収されるため赤色を発色し、エメラルドは緑色以外の光が吸収されてしまうため緑色に見えます。

    吸収される光の色が変化するメカニズムについては、より専門的で複雑になってしまうため、深入りはしません。原子核の周りを回る電子のエネルギー状態によるもの、とだけお伝えしておきます。

    下の二つのアンティークジュエリーに使われている色石は同じ鉱物です。なんとなくでもその理由を知っていると、少し楽しくなりませんか?

    アールヌーボー 2輪の花のペンダントブローチ(ルビー&天然真珠)ルビーのペンダントブローチ

    ベルエポックのフラワーリング(サファイア&ダイヤモンド)ブルーサファイアのリング

     同形置換で作り出される「固溶体」の世界

    「固溶体」とは何でしょう?固溶体と一言でいっても幅が広い概念ですので、とりあえず鉱物における「置換型固溶体」というものに絞ってご紹介することとします。多くの方にとってはなんじゃそりゃ?な世界かと思いますが、ここまでの解説のようにシンプルに平易に進めさせていただきますのでご安心ください。

     鉱物は一定の化学組成を持ちますが、組成にある程度の幅があります。一定の結晶構造を保ったまま、一部の原子が互いに”色々な”割合で置換しあう(同型置換)ことがあり、これを「固溶体」と呼びます。同型置換された結果としての鉱物そのもの、と理解しても間違いではありませんが、自然界に産出する鉱物では「色々な割合で」というところがミソになります。

     以下のイメージ図を見てください。

    連続固溶体の結晶構造図

    出典:自然史博物館

    上図は塩化ナトリウム(NaCl)と塩化カリウム(KCl)を両端に持つ(端成分といいます)、連続固溶体のイメージを表したものです。ナトリウム(Na)とカリウム(K)が少しずつ色々な割合で置き換わっているのがわかりますね。もちろん両端の鉱物(端成分)は同じ結晶構造を持ち、入れ替わる原子も同形置換の対象となる化学的特性が近いもの同士である必要があります。

    ムーンストーン

    それではまた蜂のブローチに留められている宝石に登場していただきましょう。まずはムーンストーンとラブラドライト(アンデシン)です。ムーンストーンとラブラドライトは長石の仲間。長石は複数の鉱物種を総称する鉱物グループで、正長石とも呼ばれるカリ長石(KAlSi3O8、オーソクレース)、そう長石(NaAlSi3O8、アルバイト)、かい長石(CaAl2Si2O8、アノーサイト)を端成分とする連続固溶体です。

    おや?端成分が3つ出てきましたね。先ほどの図でご説明した一本線の両端に端成分のある状況と異なります。文章だけで説明するとイメージしづらいかと思いますので、三角ダイヤグラム図をご覧ください。

    長石グループの三角ダイアグラム図

     出典:Wikimediaのhttps://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=46491727 を改変

    長石グループには端成分としてカリ長石、そう長石、かい長石の3種あり、カリ長石とそう長石を端成分とする連続固溶体系列を「アルカリ長石」、そう長石とかい長石を端成分とする連続固溶体系列を「斜長石」と呼びます。

    少し面倒くさいですが、アルカリ長石(左斜めの系列)の端成分について化学式を見てみましょう(つまらなかったらこの段落はスキップしていただいても結構です)。
    カリ長石の化学式はKAlSi3O8、そう長石の化学式はNaAlSi3O8です。よく見ると、AlSi3O8の部分が全く同じで、頭がカリウム(K)なのかナトリウム(Na)なのかという違いしかありません。カリ長石KAlSi3O8の側から見ていくと、もう一方の端成分であるそう長石NaAlSi3O8に向かってカリウム(K)原子が少しづつナトリウム(Na)原子に同形置換されていく、というイメージです。
    三角形底辺の斜長石系列は同形置換の対象となる原子種がかなり多く、少し複雑になりますので解説は省きます(特に理解する必要はありません)。ご興味のある方は上図の化学式などをご覧になってみてください。

    一般的に「ムーンストーン」と呼ばれるのはアルカリ長石系列のカリ長石に近い部分と、アルバイトとも呼ばれる、端成分のそう長石。ただし、このアルバイトを「ペリステライト」や「ブルー・ムーンストーン」という宝石名で呼び、いわゆるムーンストーンと区別することもあります。ラブラドライトやアンデシン・ラブラドライトは、斜長石系列の中央あたりに位置しています。そう長石とかい長石を端成分とする連続固溶体の一部ということです。

    「ムーンストーン」も「ペリステライト」も「ラブラドライト」も青い閃光を持つものは色、風合いがほぼ同じですので(微妙な違いはあります)、全て「ムーンストーン」と呼ぶ場合もあります。

    なお、宝石となるのはシラーやアデュラレッセンスと呼ばれる特有の光学効果を持つ特殊な構造(膜状組織)のあるもののみで、上図に示した該当部の鉱物が全てムーンストーン等と呼ばれるわけではありません。

    「他色」ではコランダムなどの同じ鉱物がわずかな同形置換により全く異なる色になることが驚きでしたが、ムーンストーンやラブラドライトに関しては、化学式がかなり異なるにも関わらずほぼ同じ風合いの色や光学効果を持つ特別な宝石が出現するということがとても不思議に感じられます。

     ガーネット

    それでは最後にガーネットで締めくくりましょう。そろそろお疲れでしょうから、化学式は省きさらっと短めにまとめていきます。

     今回の主役、蜂のブローチの右目はガーネットです。宝石の世界では、多くの場合「ガーネット」とひとくくりにしていますが、実は6種類の鉱物を総称する鉱物のグループ名なのです(厳密にいうと鉱物学的には16種ありますが、宝石になるものはそのうち6種類です)。6種類の鉱物は、パイロープ、アルマンディン、スペサルティン、ウバロバイト、グロッシュラー、アンドラダイト。これらの鉱物は連続固溶体の端成分でもあり、その中間には宝石名の付いたいくつかの有名な固溶体があります。

    ガーネットの固溶体系統図


    マラヤガーネットなど、上図に示した端成分以外のものが混合する場合もあるのですが、本題から外れますので今回は詳細を割愛します。

    それでは最後に赤色系のガーネットについておなじみの三角ダイヤグラム図をサクっと見てみましょう。こちらの方が感覚的に分かりやすいですね。

    ガーネットの固溶体三角ダイヤグラム図

    まとめ

    少し長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。できるだけ理解しやすい平易な表現を心がけたつもりですが、化学式まで登場してしまい、理系嫌いの方には少し抵抗があったかもしれません。ご容赦ください。

    たった一つのアンティークブローチに、これだけ多くの面白い背景が潜んでいいることに驚かれた方も多いのではないでしょうか。これだけ多くの、と書きましたが、ご紹介したのはごく一部。まだまだ興味深い神秘がたくさん隠れています。鉱物・宝石の世界は奥深く楽しいですね。

    最後までお読みいただき、ありがとうございました!