アメジストの物語:バッカス神話と伝説
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
このところ硬めの話題が続きましたので、今回は肩の力を抜いて楽しめる題材を取り上げることにしました。
私が子供時代に楽しんだ趣味の一つに鉱物収集があります。コレクション(というほど大げさなものではありませんでしたが)の中でも、特にアメジスト(紫水晶)がお気に入りでした。その結晶が織りなす形と色がとても美しく、人間の手を経ずにこのような作品を作り出す自然の神秘に、子供ながら魅了されたものです。その神秘的な輝きと深い紫の色合いは、人々を魅了し続け、アンティークジュエリーでも高く評価されています。
本記事でご紹介するのはこのアメジストを巡る伝説や神話。少なくとも紀元前2000年以上前から宝石として使用されてきたこの鉱物は、古代から多くの言い伝えに彩られてきました。中でも有名なバッカス神話に着目し、その謎に迫るべく深く掘り下げてみました。核心を探る過程は私にとっても楽しく、驚きに溢れるものでした。
専門的な内容は控えめに、気軽に読めるよう簡潔にまとめることを目指しますので、ぜひ楽しんでいただければと思います。
目次
- 時代を映す伝説
・古代エジプト
・古代ローマ(&ギリシャ)
・中世ヨーロッパ
・ルネサンス期
- バッカス神話の深層
・バッカス神話、あれこれ
・アメジストー語源の謎
・フランスの詩人レミ・ベロー
・バッカス神話はどこから来た?

1.時代を映す伝説
古来より、その深く美しい紫色が人々を魅了し、様々な物語や信仰を生み出してきたアメジスト。アメジストにまつわる伝説や言い伝えの数々を紐解いていくと、それぞれの時代の人々の想いや願いが、この紫の宝石に託されてきたことが見えてきます。
この章では、伝説や言い伝えを時代別にまとめてみました。アメジストにまつわる人々の想いの変遷を辿ってみましょう。
古代エジプト
古代エジプト時代からアメジストの評価は高く、王族や貴族にとって重要な宝石の一つでした。この時代に特徴的なのは、護符(お守り)、魔除けとしての位置づけです。ファラオや高位の貴族がこの宝石の装飾品を身につけていた主な理由は、邪悪な力や危害から身を守ることができると信じられていたからです。
古代ローマ(&ギリシャ)
古代ギリシャと古代ローマは文化的に密接に関わっています。特に神話、言語、芸術の面で、ローマはギリシャの影響を強く受け、その文化を継承・模倣したため、多くの共通点が見られるのです。当初は、古代ギリシャと古代ローマをそれぞれ独立した章でご紹介する予定でしたが、どちらの時代に由来するのか判然としない情報が多く存在します。そこで、二つの時代を一つの章にまとめてご紹介することとしました。※解説においては、両時代を包括する総称として「古代ローマ」という表記を使用します。
古代エジプト同様、古代ローマでも、アメジストは王侯貴族に愛され、指輪やネックレスなどの装飾品に使用されました。非常に興味深いのは、この宝石には酒に酔わない効果があると信じられていたことで、この効能が宝石名の語源にもなっています(後述)。酔いを防止するために、ゴブレットや聖杯にアメジストを嵌め込むことが流行しました。また、飲酒時にアメジスト製の宝飾品を身に着けることもあったようです。
それではなぜアメジストに酔いを防ぐ効果があると信じられたのでしょう?ここで登場するのが古代ローマの博物学者プリニウス(通称:大プリニウス)です。彼が紀元77-79年頃に著した百科事典的著作『博物誌』に以下の記述があります。
「嘘つきの魔術師たちは、アメジストには酔いを防ぐ力があると主張している。おそらく、その色合いが由来だというのだろう。さらに、石に太陽と月の名を刻み、猿の毛やツバメの羽とともに首に下げれば邪悪な力から身を守れるという。また、どのように身につけても王に対して好意的な印象を与え、祈りの言葉を唱えれば雹やイナゴの被害を防ぐともいう。同様に、エメラルドも鷲やスカラベを刻めば同じような力を持つとされている。こうした話を書き残した者たちは、人間の迷信深さを嘲笑しながらも、信じる者がいることに驚いているのではないだろうか。」
ここに記されているように、アメジストが酔いを防ぐ力を持つとされたのは、その色(紫色=ワイン色)がきっかけとなったようです。それにしてもかなり皮肉に満ちた刺激的な内容ですね。おそらく迷信が満ち溢れていたであろう2000年前にも科学的な視点を持った人間がいたことに少し驚きました。
新約聖書『ヨハネの黙示録』21章には、天から下る新しいエルサレム、すなわち神の都の壮麗な描写があり、その城壁の土台が12種類の宝石で飾られている様子が記されています。そして、アメジストはその12番目の土台を飾る宝石として登場するのです。
都の城壁の土台は、あらゆる種類の宝石で飾られていた。第一の土台は碧玉、第二は瑠璃、第三は玉髄、第四は緑玉、第五は縞瑪瑙、第六は紅玉髄、第七はかんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉、第十は緑玉髄、第十一はヒヤシンス石、第十二は紫水晶(アメジスト)であった。
この『ヨハネの黙示録』の記述は、アメジストが単なる装飾品としてだけでなく、宗教的な意味合いを持つ宝石として認識されていたことを示唆しており、古くから特別な宝石として扱われてきたことが伺えます。諸説ありますが、アメジストが最後に挙げられていることから、霊的な成熟や完成を表すとする解釈もありますし、その紫色が高貴な色であることから、王権や威厳を表すとも考えられるでしょう。
キリストの養父ヨセフは、マリアに純潔の証としてアメジストの指輪を贈ったともいわれています。ただし、この伝承については、聖書を含め、裏付けとなる記録は確認されていません。当時この宝石に紐づけられていた禁欲や謙遜、高貴さ、貞節や誠実さなどの象徴的な意味合いが聖母マリアの純潔というイメージと結びつき、後世になってから、ヨセフからの贈り物という伝承が生まれたものかもしれません。
聖バレンタインがアメジストの指輪を身に着けていたという言い伝えもあり、この宝石が「愛の守護石」と呼ばれるようになった理由の一つとされています。また、バレンタインデーが2月14日であることから、アメジストは2月生まれの人々の誕生石にもなりました。この言い伝えについても古代の史料に記載はなく、この伝説の誕生には、近世の企業によるマーケティング活動が影響を与えた可能性もあります。
中世ヨーロッパ
中世ヨーロッパでは、アメジストは宗教的な象徴として重んじられました。カトリック教会の高位聖職者がアメジストの指輪を着ける伝統があり、これは「霊的な覚醒」と「禁欲」の象徴とされています。司祭服にアメジストを装飾として用いることや、教会の礼拝用品や聖具にも使われることもありました。これらの宗教的象徴性は、前項でご紹介した、新約聖書の記述に由来すると考えられます。
司教のアメジストリング(15世紀) 出典:Wikimedia Commons
一方で、一般の人々の間では、アメジストに魔術的な力が宿るとされ、悪夢を防ぎ、毒を中和し、病気を癒す効果があると信じられていました。
また、兵士たちは戦場でアメジストを身につけ、敵の攻撃から身を守るお守りとしたこともあります。護符としての効能以外に、冷静さを保つ力があるとも信じられていたため、恐怖や混乱を和らげ、戦場での冷静さを維持することが期待されていたのでしょう。
中世における占星術ではアメジストが魚座と結びつき、感情のバランスや直感を高める力があるとされました。
ルネサンス期
ルネサンス期は、古代ギリシャ・ローマ文化の復興とともに、宝石への関心が高まった時代です。かなり古い時代ながら、画像などでルネサンス期のアンティークジュエリーをご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか。中世に引き続き、アメジストは強い象徴性を持つ石でしたが、これに新たな解釈や伝説が加わりました。
古代ローマの項でご紹介したプリニウスの『博物誌』や、アラビアの宝石学(ペルシア系の学者アル・ビールーニーの『宝石に関する書』、11世紀)が改めて注目され、酔いを防ぐ効果がある、などの古代の言い伝えが再び再び関心を集めました。
この時代には占星術や錬金術が盛んになり、宝石に魔術的・象徴的意味が込められるようになりました。アメジストは木星や金星と結びつけられ、「霊的な覚醒」や「愛の象徴」としての意味がさらに強まったとされています。占星術では、アメジストに特定のシンボル(例:太陽や月の刻印)を施すと、魔術的な力が強化されると信じられました。プリニウスの博物誌における記述(「石に太陽と月の名を刻み、猿の毛やツバメの羽とともに首に下げれば邪悪な力から身を守れる」)が新たな視点から取り入れられ、ルネサンス期の魔術師や錬金術師が実践した可能性があります。
ルネサンス期における最も有名な伝説はバッカス神話でしょう。古代の神話であると一般的に信じられているこの伝説は、実はルネサンス期のものなのです。詳細は次章「2.バッカス神話の深層」で解説いたします。
2.バッカス神話の深層
アメジストにまつわる神話の中でも、最も知られているのは酒の神バッカスが登場する物語でしょう。古代ギリシャの神話として語られるこの物語が「アメジスト」(Amethyst)という名の由来である、と紹介されることも多いのですが、詳細を調べていくと、違和感を覚える点が多々出現します。果たして真相は──。
本章では、この神話の背景とアメジストの名前の由来に迫ります。
バッカス神話、あれこれ
バッカス(Bacchus)は、ワイン、饗宴、狂乱、豊穣を司る神として知られています。ローマ神話のバッカスは、ギリシャ神話のディオニュソス(Dionysus)に相当し、ゼウス(ローマではユピテル)と人間の女性セメレの息子とされます。葡萄の収穫やワインの生産を象徴し、快楽やエクスタシーをもたらす神として信仰されました。日本では洋酒を使用したチョコレートの名前にもなっていますね。
それでは、バッカスの神話がどのようなものか見ていきましょう。様々なバージョンが存在しますが、まずはその核となるストーリーをご紹介します。
ワインの神バッカスは、純潔を保ちたいと願うニンフ(妖精)、アメジストスに恋をしました。そこで彼女は、狩猟と純潔の女神ディアナ(ギリシャ神話ではアルテミス)に助けを求めました。ディアナは彼女の願いを聞き入れ、アメジストスを白い水晶に変えて、バッカスの誘惑から守りました。バッカスが恥じて水晶にワインをかけると、水晶は紫色に染まりました。
少し内容が異なるバージョンも多数存在します。
- バッカスは酔って怒りに任せ、アメジストスを虎に襲わせようとした
- バッカスが後悔の涙を流し、それがワインと混ざって水晶に滴り落ちた(あるいはワインの涙を流した)
- 水晶に変わってしまったことに怒りに震えたバッカスは、アメジストの杯で飲む者には酔いが回らないようにと誓い、その石がワインの色を帯びることになった
- バッカスはアメジストに「酔いを防ぐ力」を与え、愛の象徴として永遠に残ると宣言した
古代から伝わるギリシャ神話やローマ神話には少しづつ異なる内容を持つ物語がいくつかあります。とはいえ、このバッカス神話には妙に多くのバージョンがあるように思えるのは気のせいでしょうか。
細かい点ですが、ニンフの名前はアメジストではなく、「アメジストス」(Ἀμέθυστος/ Amethystos)です。「ス」で終わるため、いかにもギリシャ名らしい響きがあります(ソクラテスやアルテミス、バッカスのように)。この神話だけを見ると、「アメジストス」というニンフの名から、アメジスト(Amethyst)という宝石名(鉱物名)が生まれた説がもっともらしく感じられるでしょう。
※後述しますが、"Ἀμέθυστος/ Amethystos"は、アメジスト(Amethyst)を意味する古代ギリシャ語です。
バッカスの彫像(バチカン美術館収蔵) 出典:Wikimedia Commons
アメジスト-語源の謎
アメジスト(Amethyst)の語源は古代ギリシャ語の「Ἀμέθυστος」(amethystos)で、「酔わないもの」「酔わせないもの」という意味を持ちます。
前章「時代を映す伝説」では、古代ギリシャ・ローマ時代にアメジストには酔いを防ぐ効果があると信じられていたこと、酔いを防ぐ効果あるとされたのはその色(紫色=ワイン色)がきっかけとなったこと、などをご紹介しました。
ここまでの情報を見ると、バッカス神話がアメジストという名の由来である、ということと矛盾はしません。①古代ではそのワイン色から紫色の水晶が酔いを防ぐ効果があると信じられていた→②バッカス神話が作られた→③酔わないものという意味を持つ「Ἀμέθυστος」という単語が作られた、という流れです。私も長らくこのような認識を持っていました。
ところが、少し掘り下げてみると、この「Ἀμέθυστος」が意外とくせ者であることがわかりました。この単語は以下のように分解できるのです。
- 「Ἀ-, ἀ-」(a-): ギリシャ語でよく使われる否定を表す接頭辞で、「~でない」という意味です。例えば、「ἀθάνατος」(athanatos, 「不死の」)の「不」の部分と同じです。
- 「μεθύω」(methuō): 「酔う」「酔っ払う」という意味の動詞です。この語幹は「μέθυ」(methu, 「酒」)とも関連し、酒や酩酊を指します。
- 「-τος」(-tos): 形容詞や過去分詞を形成する接尾辞で、状態や性質を表します。
「μεθύω」(酔う)という言葉に、否定を表す接頭辞「ἀ-」が付いた古代ギリシャ語の単語なのですから、神話に登場するニンフ(アメジストス)の名前が宝石アメジストの名の由来だとする説は明らかに誤りであることが分かりました。
その後、そもそもバッカスの物語はギリシャ時代の神話なのか、という疑問も浮かびました。「アメジストス」(Ἀμέθυστος、酔わない)という言葉をベースとしてギリシャ時代に神話が創作された、とする解釈も成り立たなくはないのですが、当時の文献や古代の史料などにそうした神話の存在を示す情報が見当たらないのです。

フランスの詩人レミ・ベロー
フランスのサイトや書籍でバッカス神話の出所を調べていくうちに、あるフランスの詩に行き当たりました。まず詩を見てみましょう。※中世フランス語を近代フランス語に改変したものです。
Améthyste, à qui Bacchus fit outrage, De qui la blancheur fut teinte de son vin, Et qui, de cristal pur, devins pourpre fin, Pour témoigner l'ire et l'amour de son âge.
Tu es, dis-je, un gage, un noble témoignage, De la fureur d'un dieu, et d'un amour divin, Qui, pour t'honorer, te donna ce beau teint, Afin que ton éclat jamais ne se ravage.
Tu es pierre, à qui la vertu est donnée, De chasser les soucis, et la mélancolie, Et de rendre l'esprit, de raison fortunée.
Tu es pierre, à qui la grâce est infinie, De guérir les maux, et la douleur damnée, Et de rendre le cœur, de joie magnifiée.
【拙訳】
アメジストよ、バッカスが侮辱を加え、
その白さは彼の葡萄酒に染められ、
純粋な水晶から、美しい紫に変わり、
その色は神の怒りと愛を示すために。
お前は言うならば、神の激怒と神聖な愛の証、
そのために、この美しい色を授けられ、
その輝きが決して衰えることがないように。
お前は、心の悩みや憂鬱を追い払う力を持つ石、
理性に幸運をもたらす力を持つ石だ。
お前は、無限の恵みを持つ石、
痛みを癒し、呪われた苦しみを和らげ、
喜びで心を満たす力を持つ石だ。
『L'Améthyste, ou les Amours de Bacchus et d'Améthyste(アメジスト、またはバッカスとアメジストの恋)』という題名のこの詩は、フランスの詩人レミ・ベロー(Rémy Belleau, 1528年-1577年)の作品です。1576年に出版された『Les Amours et nouveaux Eschanges des Pierres précieuses, vertus et propriétés d’icelles(貴石たちの恋と新たな変容、その効能と特性)』というタイトルの詩集に収められています。
※この詩集はフランス国立図書館のデジタル図書館Gallicaで読むことができます。ご興味ある方はのぞいてみてください。
レミ・ベローの詩は、現在広く知られている神話の内容とまったく同じというわけではありません。神話のある一面や象徴的な要素だけを切り取り、そこに詩的な情感を重ねたような構成です。事前知識なしに読むと、バッカス神話をもとに創作された抒情的な詩、という印象を受けるでしょう。
しかし、この詩を調べるきっかけとなったのは、「レミ・ベローの詩がバッカス神話の源泉である」という、とあるサイトの記述でした。

バッカス神話はどこから来た?
アメジストという言葉の語源がバッカス神話なのか、古代ギリシャ語なのか、という素朴な疑問からスタートした探求が、そもそもその神話は本当に古代ギリシャのものなのか、という問いに発展していきました。※前述の通り、語源については古代ギリシャ語(酔う+否定の接頭辞)であることが明らかになっています。
Wikipediaのような評価の高い記事でも、意見が分かれています。例えば、フランス語版Wikipedia(fr.wikipedia.org)では、レミ・ベローの詩がギリシャ神話に由来すると”考えられている”、と解説されています。以下拙訳。
16世紀の詩人レミ・ベロー(Rémy Belleau, 1528-1577)は、神話を題材にした詩 「アメジスト、またはバッカスとアメジストの恋」 を残しています。この詩では、バッカスが美しい乙女アメジストに夢中になり、激しく追い求めます。アメジストは貞潔の女神ディアナ(アルテミス)に助けを求め、哀れに思った女神によって石に変えられました。怒りに震えたバッカスは、アメジストの杯で飲む者には酔いが回らないようにと誓い、その石がワインの色を帯びることになったとされています。この物語はギリシャ神話に由来すると考えられています。
一方、英語版Wikipedia(en.wikipedia.org)では、アメジストのページでレミ・ベローの詩とバッカスの神話を詳細に紹介したのち、ギリシャ神話にバッカス(&アメジスト)の物語は存在しないことを示唆する記述を付け加えています。以下拙訳。
この神話、およびその派生形は、古典文献には見られません。しかし、歴史的文献には、女神レアが酒飲みの正気を保つためにディオニュソスにアメジストの石を贈ったという記述が存在します。
フランス語版の解説で使われている「~と考えられている」という表現は、あくまで広く受け入れられた見解を示しているに過ぎません。実際の起源については議論の余地が残っていることを表す表現です。
いろいろな資料・史料を調べてみましたが、バッカス神話が古代ギリシャ時代から存在していたことを裏付けるものは見つかりませんでした。古代のギリシャ神話で語られた有名な神々やニンフの話は、ヘシオドスの『神統記』やオウィディウスの『変身物語』などに書かれています。これらの史料を調べても、アメジストにまつわる神話は全く出てこないのです。
ギリシャ・ローマ神話の多くは彫刻や絵画などの芸術作品にも取り上げられているので、その方面からも確認してみました。バッカス(ディオニュソス)が登場する作品は数多くあるものの、アメジストと結びついたものは一つも見つかりませんでした。
私の調査不足なのではないかとも考えましたが、この神話が古代の文献やアート作品には一切登場しないとする解説は他にも見られます。
古代ギリシャにおいてアメジストに関する明確な神話や伝説が確認できないことから、レミ・ベローの『L'Améthyste, ou les Amours de Bacchus et d'Améthyste』という詩は、古代の神話を継承したものではなく、むしろ古典的な素材(バッカス、アメジストの語源的意味、変身モチーフ)を用いた詩的創作と考えられます。
具体的な文献や考古学的証拠が今後発見されれば、古代の伝説が実在した可能性も考えられますが、現時点ではそのような証拠は確認されていません。また、レミ・ベローの詩以前の中世のキリスト教文献や宝石学の文献にも、アメジストに関する神話の情報は存在しないようです。したがって、現在語り継がれているバッカスとアメジストの神話は、レミ・ベローの詩をもとに創作された後世のものと考えるのが妥当でしょう。

おわりに
冒頭で簡潔にまとめると宣言しておきながら、また長編になってしまいました。
アメジストにまつわるバッカスの神話は古代ギリシャのものではない可能性が高い、という少し寂しい結論に達してしまいましたが、それでも500年近く前の詩に起源を持つのですから、古い物語であることに変わりはありません。これからもアメジストという美しい宝石とともに、その魅力的な物語が語り継がれていくことでしょう。
いつものように寄り道の多い記事となりましたが、宝石やアンティークジュエリーを巡る探索の旅を楽しんでいただけていたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!