婚約指輪の起源と変遷:アンティークに映る、愛の文化史
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
アンティークジュエリーの魅力は、その美しく個性的なデザインや、手仕事ならではの精巧なつくりだけではありません。身に着けることで、はるか昔の歴史や物語に想いを馳せ、時代を超えたロマンを感じることができる点もその奥深い魅力の源泉となっているのです。婚約指輪(エンゲージメントリング)がアンティークジュエリーにおいて大変人気を集めているのは、この指輪も内面的な象徴性を持っており、アンティークというジャンルと親和性が高いからでしょう。
本記事では婚約指輪の歴史を振り返りながら、その象徴性や魅力を探っていきたいと思います。
目次
- 婚約指輪の起源と象徴
- その時代を映す婚約指輪のデザイン
- いまアンティークを選ぶ意味
- おわりに
1.婚約指輪の起源と象徴
なぜ「婚約ブローチ」や「婚約ペンダント」ではなく、「婚約指輪」なのか、疑問に思ったことはありませんか?もちろん、他のジュエリーがシーンによっては外すこともあるのに対し、指輪は基本的に肌身離さず身に着けることが前提となっていることが大きな要因の一つです。ただし、指輪が選ばれた理由はそれだけではありません。その歴史を振り返ってみると、いろいろな理由のあったことがわかります。
古代エジプト
婚約時に指輪を贈るという習慣は非常に古く、古代エジプト時代にまで遡ります。当時、円形は「始まりも終わりもない永遠と無限」の象徴とされ、永遠に途切れない絆を意味すると考えられていました。結婚を表す象形文字もまた、円だったのです。指輪を贈る習慣が生まれる前のエジプトでは、永遠の愛と約束を象徴するものとして夫婦が円形の麻を交換し合っていたといわれています。

古代ギリシャ
その後の古代ギリシャでは、婚約や結婚を「契約」と捉える考え方が定着しており、契約としての婚姻関係を象徴するために指輪が用いられていたとされます(結婚指輪の原型と見る方が適切かもしれません)。また、この時代には、左手薬指には心臓と直接つながる血管があるという「愛の静脈(vena amoris)」の信仰があり、この指に指輪をはめることで愛のシンボルとしたのです。
永遠に途切れない円形、そして心臓とつながる左手薬指の愛の静脈、この二つが指輪を婚約(結婚)の象徴として定着させる要因となりました。
古代ローマ
それでは古代ローマに移りましょう。今さらの復習ですが、古代においては、エジプト、続いてギリシャ、そしてローマの順に栄えていきました。
紀元前2世紀頃の古代ローマにおいて婚約時に女性に贈られたのは鉄製の指輪。これは「annulus pronubus(婚約の指輪)」と呼ばれ、婚約の証(婚約を成立させた証拠)や誠実さの誓約として機能していました。鉄製であった婚約指輪は、やがて富裕層の間で金製のものが一般的になっていきます。鉄製と金製、二つの指輪を贈ることもあったようです。鉄製のものは家事など家でのみ使用し、金製のものは、婚約式や特別な場で身に着けるものであったといわれています。
中世ヨーロッパ
ヨーロッパでは中世になるとカトリック的な結婚観が強まり、結婚は宗教的・法的な契約行為となります。婚約の証としての指輪は非常に重んじられ、中世の一部地域では、女性が装飾品として指輪を着けることさえ禁じられていたほどです。単なる結婚の約束にはとどまらない、重大な意味が込められていたのです。
ただし、婚約指輪の習慣はあくまでも貴族などの富裕層に限ったこと。フランス、イギリス、スペインなどでは、庶民に対する「倹約と身分階級の規定」のため、ジュエリー規制令が出されていました 。そのような背景もあるため、婚約指輪は庶民にとっては必須ではなかったようです。多くの庶民は実用的な品々や、象徴的な意味を持つ簡素な物品を交換することで、絆と約束を表現していました。
中世末期には婚約指輪に大きな転機が訪れます。今では定番となった、ダイヤモンドを留めた婚約指輪の登場です。
1477年、オーストリア大公マクシミリアンが初めてダイヤモンド付きの婚約指輪をブルゴーニュのマリー(ハプスブルク家の台頭を導いた、最後のブルゴーニュ女公)に贈りました。現在ウィーンの帝国宝物館(ホフブルク宮殿内)に収蔵されているこの金の指輪には、ダイヤモンドが2人の頭文字「M」の形に配置されています。
この頃から婚約指輪は、愛の象徴であるだけでなく、富や高貴さの証としての価値も持つようになりました。マクシミリアン大公の婚約指輪が、ヨーロッパ貴族の間でダイヤモンドを愛と誓約の象徴とする慣習を広めるきっかけとなったのです。
ブルゴーニュのマリーと婚約指輪 出典:Quora、メトロポリタン美術館
2.その時代を映す婚約指輪のデザイン
この章では、歴史に残る婚約指輪のデザインをいくつかご紹介いたします。19世紀以降のものは、アンティークジュエリーとして見かけることも多いですね。
フェデリング(Fede Ring)
古代ローマ~中世ヨーロッパの指輪です。特に12世紀頃からイギリスで流行し、その後ルネサンス期に人気が再燃、広く婚約や結婚の象徴として使用されました。イタリア語で「信頼」「忠実」を意味する「fede」に由来し、二つの手が握り合った形が特徴です 。この握手モチーフは、古代ローマの婚礼儀式における握手が愛のシンボルとされていたことに由来するというのが定説です。アイルランドのクラダリング(Claddagh Ring。両手でハートを持ち、その上に王冠が載るデザイン)の原型ともされています。
古代ローマ時代のフェデリング 出典:メトロポリタン美術館
中世ヨーロッパのフェデリング 出典:Wikimedia Commons
ギメルリング (Gimmel Ring)
ルネサンス期に誕生し、特に15世紀後半から17世紀のヨーロッパで流行しました 。2つまたは3つのリングが連結し、まるで1本の指輪のようになるのが最大の特徴。ラテン語で「双子」を意味する「gemellus(ゲメルス)」が名前の由来です 。婚約期間中は男性と女性がそれぞれ1本ずつ身に着け、結婚式で結合したのち花嫁が身につけるというロマンチックな習慣がありました。前出のフェデリングが二つ連結したものをVictoria and Albert Museumで見ることができます。
ギメルリング(ドイツ、16世紀後半) 出典:Wikimedia Commons
ポージーリング(Posy Ring)
フランス語の"poésie"(詩)に由来し、シンプルなゴールドリングの内側または外側に詩の一節や愛の言葉が刻まれたものです。中世後期からルネサンス期にかけて、特にイギリスやフランスで流行しました。ルネサンス期には一部のギメルリングにもこのスタイルの影響が見られます(直前のギメルリングの画像参照)。それまでの婚約指輪に比べ愛の表現がより個人的で親密なものへと変化しており、秘密の絆を重視するロマン主義を感じさせるスタイルといえるでしょう。
ポージーリング(イギリス、16世紀~17世紀) 出典:Wikimedia Commons
アクロスティックリング(Acrostic Ring)
イギリスのヴィクトリアン期に人気を博したリングです。宝石の頭文字を並べて愛のメッセージを伝えるデザインでした。例えば”REGARD”リングは、ルビー(Ruby)、エメラルド(Emerald)、ガーネット(Garnet)、アメジスト(Amethyst)、ルビー(Ruby)、ダイヤモンド(Diamond)が順に留められています。恋人への贈り物や婚約指輪など、パーソナルな愛情表現の手段でした 。

クラスターリング(Cluster Ring)
メインストーンのまわりをダイヤモンドやシードパールなどの小粒の宝石で取り囲む、華やかで花を思わせるデザインのリングです。装飾的で華やか、貴族や富裕層のステータスを反映し、愛や団結も象徴するデザインのリングです。18世紀、19世紀に特に人気があり、現代のジュエリーにも取り入られています。アンティークリングとしてご覧になったかたも多くいらっしゃるのではないでしょうか。
ソリテール(Solitaire)
日本では誤った読み方の「ソリティア」と呼ばれることもあるリングです。ソリテール(solitaire)は、広義では「一つの宝石を主役にしたデザイン」を指します。しかし、1886年にティファニーが爪留めでダイヤモンドを持ち上げた革新的なデザイン「ティファニー・セッティング(Tiffany Setting)」を発表したことで、ソリテール=「一粒ダイヤモンドを爪で支えた婚約指輪」のイメージが広く定着しました。宝石の輝きを最大限に引き立てるこのデザインは、純粋さと永遠の愛の象徴として、婚約指輪の王道として不動の地位を保っています。プラチナ台座のソリテールはアールデコ期に大変人気を博し、アンティークマーケットにおける定番のリングとなりました。
ソリテールリング ドゥミタイユの大粒ダイヤモンド(0.5CT)
トワエモワ/クロスオーバーリング (Toi et Moi Ring / Crossover Ring)
トワエモワリングとは、ゴールドやプラチナなどの貴金属に2つのメインストーンがセットされた指輪で、クロスオーバーリングは、ショルダー部がカーブを描いて指の上面で交差するデザインの指輪です。本来トワエモワとクロスオーバーは異なるデザインスタイルを指す言葉ですが、ごく初期のものを除き、トワエモワリングはほぼクロスオーバースタイルでデザインされていますので、あえて一括りでご紹介いたします。
トワエモワは19世紀末からベルエポック期にかけて大変人気がありました。フランス語で「あなたと私」を意味し、2つの石が二人の人生が結ばれる様子や、二人の強い絆、異なる個性を持つ二人が調和して輝く様を象徴しています。ナポレオン・ボナパルトが、後の皇后ジョゼフィーヌにワエモワリングを婚約指輪として贈ったのはよく知られたエピソードです。
※トワエモワについてはアンティーク物語『トワエモワとセレブリティ』を、クロスオーバーリングについてはアンティーク物語『アンティーク クロスオーバーリングとは?』をご参照ください。
3.いまアンティークを選ぶ意味
現代ではブランドの既製品を婚約指輪として選ぶカップルが多いのですが、アンティークの婚約指輪も「世界に一つだけの物語がある指輪」として人気が上昇しているのをご存じでしょうか。
その指輪が作られた時代の文化や物語が宿り、一点物だけが持つ特別な存在感があるアンティークジュエリーは、婚約・結婚というパーソナルなイベントにおいて、自分らしいスタイルを表現するのに最適なアイテムであると捉えられています。それぞれの指輪が持つ歴史や背景が身に着ける人に特別な思い入れを感じさせ、個性的なデザインで他者との差別化を図ることもできるのです。
また、西欧では、婚約指輪を単なる装飾品ではなく、家族の歴史をつなぐ象徴的な存在として大切にする文化もあります。そのような背景から、代々受け継がれたアンティークを用いたり、新たな歴史・伝統を創り出す一点物としてアンティークリングを選ぶカップルも少なくありません。環境に優しく、安定した資産性を持っていることも、持続可能な選択肢として注目されている理由の一つでしょう。
もちろんその美しいデザインも人気の理由の一つ。熟練職人の手仕事による精巧なデザインは現代の技術では再現困難なものも多く、手の込んだ彫刻や独特の色合いが目を惹きます。流行に左右されない美しさは、変わりゆく時代の中でも変わらない想いを込める婚約指輪にぴったりの選択なのです。
4.おわりに
西洋における婚約指輪の歴史や象徴性などをざっとご紹介させていただきました。
非常にバラエティーに富み、個性的なデザインのものが多かったことに驚かれたのではないでしょうか。この記事でご紹介したもの以外にも、ウロボロスリング、ハローリングやトリロジーなど、婚約指輪として利用されることの多い素敵なデザインが多く存在します。
どちらかというと実用性に重きを置いた結婚指輪と異なり、自分ならではの個性的なおしゃれを楽しむことができるこの素敵なアイテムをぜひお楽しみください。
最期までお読みいただき、ありがとうございました!