ペルピニャンガーネット詳説

フランスのアンティークジュエリーがお好きな方であれば、ペルピニャンガーネットという言葉やそのジュエリーを一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。今回取り上げるのはアンティークジュエリーで使用されているものですが、「ペルピニャンガーネット」という表現・言葉にはいろいろな側面がありますので、まずその辺りをしっかり定義・確認しておきたいと思います。
※ペルピニャン(Perpignan)はスペイン国境と接する南仏Pyrénées-Orientales県の県庁所在地です。

さて、皆さまはペルピニャンガーネットというと言葉で何をイメージされますでしょうか?日本では1900年代初頭まで短い期間にペルピニャン地方で産出したガーネット、またはそのガーネットを使用した幻のアンティークジュエリーというイメージが強いかと思います。これはこれで決して間違いではないのですが、現代という時代に身を置いてこの言葉を俯瞰すると少し異なる側面が見えてきます。

フランス語では"Grenat de Perpignan"になりますが、2018年11月より"Grenat de Perpignan"はIG(Indications géographiques)の一つとなりました。IGとは、国によって管理されている産地呼称統制の一つで、ワインのAOC的なものです。詳細な説明は割愛しますが、例えばワインのラベルに記載されている"AOC Bordeaux"のように、"IG Grenat de Perpignan"と表記されます。
IG Grenat de Perpignanの授与式の風景出典:”Grenat de Perpignan”

この"IG Grenat de Perpignan"は、主に以下の条件を満たしたジュエリー製品(厳密に言うと製品を制作している事業者)に対して付与されます。

  • ペルピニャンの伝統的な方法でガーネットをカットしている("Taille Perpignan"とも呼ばれるローズカット)
  • 18Kゴールド台座の上に定まった伝統的方法でガーネットを留めている
  • Pyrénées-Orientales県の事業者が制作したものである

「この地方で採掘されたガーネットを使用」という条件はありません(基本的に現在ガーネットは採掘されていないので当たり前ですが)。近年Grenat de Perpignanのジュエリーで使用されているガーネットは、西アフリカの国々やマダガスカル、アジアなどから輸入したものです。
つまり、"Grenat de Perpignan"と呼ばれるジュエリーは現在でも制作されているということです。この記事を書いている時点の情報では、認定事業者が13事業者(従業員総数45人)のみとなっていますので、認定のハードルはそこそこ高そうです。

フランス的基準で定義すると、"Grenat de Perpignan"と称するものはざっと以下に分類することができます。
※悪意を持って制作されたアンティークのレプリカ的製品は除きます

①"IG Grenad de Perpignan"ルールに準じて制作された現代のジュエリー
②ペルピニャン近隣地域以外で産出したガーネットを使用してペルピニャンや近隣地域で制作されたアンティークジュエリー
③ペルピニャン近隣で産出したガーネット("Grenat Catalan"、後述)を使用してペルピニャンや近隣地域で制作されたアンティークジュエリー

 理論的には「過去にペルピニャン近隣で産出したガーネットを使用した現代のジュエリー」という分類項目もあり得ますが、そのような無意味なジュエリーを制作される方はいらっしゃらないと思いますので、分類には含めませんでした。

日本人の感覚的には③のみが受け入れられるものであるかと思いますが、①及び②も実はフランス的には誤りではありません。近年制作されたものが「希少なペルピニャンガーネットのジュエリー」というタイトルで販売されていることも多いのです。古い幻モノである③をお探しの方はしっかり素性をご確認いただくのがよろしいかと思います。

当店で扱っているのは全て上記③に該当する、素性の確かなものです。

いずれもペルピニャンガーネットを使用したクロス(十字架)ブローチ、星型ペンダント、マーキーズリング

フランスにおいては"Grenat Catalan"(カタルーニャのガーネット)がほぼドンピシャで皆さまのイメージされているジュエリー、石を指す言葉になります。「カタルーニャ」というと、多くの方がバルセロナのあるスペインの州を思い浮かべるかと思いますが、フランスにもカタルーニャ地方と呼ばれる地域があります。ペルピニャンがあるPyrénées-Orientales県はしばしば"Catalogne française"、フランス領カタルーニャと呼ばれてきました。かつてこの地域のほとんどの部分がスペインのカタルーニャ州と一体のスペイン王国領土だったのです(1659年のピレネー条約によりフランスに割譲)。

この地域の歴史にはスペインのハプスブルク家やフランスのブルボン家、さらにさかのぼるとフランク王国なども登場します。なかなか興味深いテーマなのですが、本題から外れてしまいますので、今回は触れないでおきましょう。ちなみにフランス軍パイロットであった当店オーナーの祖父は、操縦していた飛行機が仏カタルーニャ地方のピレネー山脈に墜落するという非業の最期を迎えました。家族にこのような背景があるため、個人的にこの地域には特別な思い入れがあります。

 ”Grenat Catalan"(以後「ペルピニャンガーネット」とします)はこのフランスのカタルーニャ地方で採掘されたガーネットです。多く産出したのはEstagelや Costabonneなど仏カタルーニャ地方ピレネー地域の鉱山ですが、少し離れたDrôme県Valence近くのcol de la Bataille鉱山で採掘されたガーネットも使用していたようです。
多くのジュエラーがペルピニャンを拠点として活動していたため、これらのガーネットが「ペルピニャンガーネット」という名前で呼ばれるようになりました。ちなみに仏カタルーニャ地方ではガーネット以外に金と銀も産出していましたので、ペルピニャンの宝飾品事業はかなり盛んでした。当時ペルピニャンで制作されたジュエリーはフランス国内で販売されるだけでなく、その一部がスペインやアルジェリアに輸出されていたほどです。

ペルピニャンで近隣のガーネットを使用したジュエリーの制作が盛んになったのは18世紀中頃から。これは、前述のEstagelでアルマンディンガーネットの大きな鉱床が発見されたためであると考えられています。現在目にすることのできるジュエリーはこの時期から作られ始めたということが定説となっていますが、カタルーニャ地方でガーネットを使用したジュエリーが初めて製作されたのは、18世紀よりかなり前の時代です。

現在判明している一番古いものは、14世紀に制作された”Médaillon reliquaire d’Elne”と呼ばれるメダイヨンです。"Reliquaire"(ルリケール)は聖遺物を収める容器のこと。このメダイヨンはペルピニャン近郊のElneという町の大聖堂で受け継がれてきた秘宝で、使用されているガーネットはカタルーニャ地方で産出したものであるといわれています。

Elne大聖堂の聖遺物入れメダイヨン

出典:"Institut du Grenat"

赤いフォイルが敷かれていない素の状態では、この地方のガーネットが濃い赤色ではないことがご理解いただけるでしょう。

Elneのメダイヨンほど有名ではありませんが、1600年頃に制作された、Saint-Michel-de-Cuxa修道院に伝わる十字架もカタルーニャ地方のガーネットが使われているとされています。宗教美術品もジュエリーとみなすのであれば、ペルピニャンガーネット(ジュエリー)の歴史は少なくとも14世紀には始まっていたということもできるのです。

ガーネットのジュエリーが隆盛を極めたのは19世紀。フランス地方ジュエリーの研究資料に「19世紀のカタルーニャ地方では、服装とガーネットのジュエリーは、女性が結婚しているのか独身であるのか・その社会的地位・夫の裕福度などを示すために使用されました。」との記述があります。特に19世紀後半は、当時ジュエリーのインフルエンサーでもあったナポレオン3世の皇后ウジェニー の”推し”により全国的にその人気に火が付きました。

この全国的な人気もあり、1900年代に入ると現地の鉱山が枯渇し始め、これらの鉱山で採掘しジュエリーを制作することが徐々にビジネス的に割に合わなくなってきました。ペルピニャンの宝石商J. Charpentier filsの記録には、1920年頃、ジュエリーに使用するガーネットの一部が当時のシリアム(旧ビルマのイラワディ川下流地域)から輸入されていたとあります。なお、カタルーニャ地方では、1920年代中頃までガーネットが採掘されていました。

実は現在も少量ながらカタルーニャ地方の鉱床にガーネットは存在するのですが、採掘は禁止、もしくは厳しく規制されています。これらの鉱山で採掘し、ジュエリーに利用することは100%不可能です。先日フランスのジュエリー製作者向け掲示板を見ていたところ、投稿者がペルピニャン近郊の山歩きで発見したというガーネットの美しい結晶の写真が掲載されていました。赤紫色が特徴のアルマンディンガーネットの原石です

ペルピニャン近郊で採取されたアルマンディンガーネットの結晶出典:"Forumactif.com"

ペルピニャンガーネットには二つの大きな特徴があります。

一つは、多くがアルマンディンガーネットまたはロードライトガーネットであること(近年の調査により、仏カタルーニャ地方の鉱床には他にもアンドラダイトガーネット、グロッシュラーガーネットも少量存在することがわかっています)。18世紀中頃に発見された大規模なEstagelの鉱床もアルマンディンガーネットでした。
※「ガーネット」は単一の鉱物種を指す言葉ではなく、共通の結晶構造を持ちながら化学組成の異なる30種余りの鉱物種の仲間(超族といいます)の名称です。化学組成が変化に富み、成分とその割合によってその色味がかなり変わってきます。ここでは深堀しませんが、ご興味のある方はアンティーク物語『蜂ブローチからの「同形置換」からの「他色」と「固溶体」』をご覧ください。

前置きが長くなりましたが、アルマンディンガーネットは赤から赤紫のガーネット。ペルピニャンガーネットは紫がかっている個体が多いのが特徴です。「アルマンディンガーネットは濃い赤が特徴」とだけ解説されているケースをよく見かけますが、ぜひ専門書などもご参照ください。
私がよく参照する鉱物解説書のアルマンディンガーネットの解説部分には「鉄とアルミニウムを主成分とする朱色から赤紫のガーネット。豊かな赤紫色のものが最高級と評価される。」と記載されています。

アルマンディンガーネットの結晶とスターアルマンディンガーネット


また、ロードライトガーネットも紫味の強い色調を持っています。

もう一つの大きな特徴は、ガーネットのセッティング方法。ローズカットのガーネットを、paillonと呼ばれる赤く着色した極薄の金属フォイルの上にセッティングします。これは何代もの昔から伝わってきた伝統的な留め方で、ヨーロッパでは多くのアンティークジュエリーでガーネットがこのスタイルで留めらました。光がこのフォイルに当たると、キラキラ赤く反射し、得も言われぬ美しい輝きが出現します。(19世紀中頃以前はクローズドセッティングが主であったため、下部が平らなローズカットダイヤモンドも輝きを演出するために無着色の金属フォイルの上に留められていることが多くありました)

ガーネット自身の紫がかった色と赤色フォイルの反射という二つの要素から、角度や光の当て方により赤く見えたり紫がかって見えたりする、というよく語られる特徴が出現するのです。以前ペルピニャンの工房で修理のため石を外したアンティークのペルピニャンガーネットジュエリーを見た経験があります。想像以上に濃い紫色のガーネットと台座にセットされている赤色フォイルの対比に驚きました。

下の二つの画像は、当店で販売している商品を光の当て方を変えて撮影したものです。光の方向によって赤く見えたり紫に見えたりする現象がよくわかります。


なお、先にお伝えしたように、カタルーニャ地方では少量ながらアルマンディンやロードライト以外のガーネットも産出していたと思われます。また、アルマンディンやロードライトでも個体により赤や茶色が強いのものもありますので、紫味がないから絶対にペルピニャンガーネットではない、とは言えないことをご了承ください。当店でも、紫味の強いアルマンディンガーネットと、濃い赤色のガーネットの2色のガーネットを使用したペルピニャンガーネットジュエリーを仕入れたことがあります(下の写真)。センターストーンと脇石はいずれもガーネットです(もちろん鑑別済み)。脇石は間違いなくアルマンディンガーネットです。センターストーンは赤の濃いアルマンディンか、他種のガーネットである可能性もあります。

ペルピニャンガーネットを使用したマーキーズリングの横景アンティーク ペルピニャンガーネットのマーキーズリング

角度によって色の変わる様子は以下でもご覧いただけます。

 
随分長くなってしまいましたが、 いかがでしたでしょうか。まだまだ書き足りないことがたくさんあるのですが、今回はここまでにしておきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!