映画とアンティークジュエリー

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。

「時代考証」という言葉をご存じですか?そうです、映画やドラマなどの映像作品や書物などにおいて、題材となっている時代が正しく再現されているかどうかを検証することです。対象となるのは衣装や小道具、背景、風俗などのさまざまな要素で、もちろんジュエリー類も含まれます。

中世風の部屋に映画のカメラ

このような時代考証が正しく行われている限り(多くの場合行われています)、特定の時代を舞台にした映画に登場するジュエリーは、その時代のものの特徴をほぼ正確に反映している、ということです。例えば1900年頃の欧米が舞台の映画であれば、登場人物が身に着けているジュエリーの多くはベルエポックやアールヌーボースタイルのアンティークジュエリーでしょう(イギリス的にはヴィクトリアン末期~エドワーディアン)。また、登場人物を引き立てるために選び抜かれた素敵なものばかりですので、アンティークジュエリーファンとしては目を向けないわけにはいきません。欧米では人気の映画に登場するキャラクターが身に付けていたジュエリーのレプリカが販売されているのをよく見かけます。

今回は、古い時代を舞台にした映画と、その映画に登場するジュエリーにスポットを当ててご紹介いたします。もちろん各映画で小道具として使われているジュエリーの多くは実際のアンティーク品ではありません。しかし、舞台となった時代のエッセンスを忠実に再現した素晴らしいデザインのものばかりですので、きっと本記事をお楽しみいただけると思います。

今回ご紹介するのは以下の作品です。

  • 『華麗なるギャツビー』
  • 『タイタニック』
  • アガサ・クリスティ原作の2作品
    『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』
  • 『オペラ座の怪人』

『華麗なるギャツビー』

華麗なるギャツビーの舞台となっているのは1922年。アンティークジュエリー史(美術史)的には、アールデコ初期にあたる時期です。

アールデコ様式のイヤリングアールデコ様式のジュエリー

1925年に上梓されたF・スコット・フィッツジェラルドの小説「華麗なるギャツビー」を原作とする映画は2本制作されています。ロバート・レッドフォード主演の1974年版と、レオナルド・ディカプリオ主演の2013年版です。興味深いことに、いずれの映画でも有名なハイジュエリーブランドが撮影用にジュエリーを提供しています。1974年版はカルティエ、2013年版はティファニーが提供しました。

映画に登場するジュエリーはもちろんアールデコスタイル。この様式のジュエリーは、その特有のデザインと高品質素材の使用によりアンティーク市場で非常に高く評価されていますが、特に2013年版の華麗なるギャツビー公開はこのアールデコジュエリーの人気をさらに後押ししたといわれています。

●1974年版(カルティエ提供)

1920年代、1930年代に多くの革新的なジュエリーを制作していたカルティエは、1968年に始まったのアールデコ様式の再評価を受け、過去に自社で制作したアールデコジュエリーを積極的に収集し、コレクションを充実させていきました。

1968年にアールデコ様式が再評価されるきっかけとなったのは、美術史家のビービス・ヒリアー(Bevis Hillier)が同年に出版した『Art Deco Style』という著作(共著)。豊富な図版と詳細な解説によって多様な側面を網羅したこの著作はアールデコに関する最初の主要な現代作品として高く評価され、この様式への関心を世界的に高めるきっかけとなりました。

カルティエのコレクションのうち何点かは、映画に登場するミア・ファローなどの主要な役の女性たちが身に着けています。さらに、カルティエは映画のためにこの様式のジュエリーを新たに制作するなど、華麗なるギャツビーとのコラボレーションを深めました。

作品で使用されたジュエリーを二つご紹介いたします。

一つ目はデイジー役のミア・ファローがスカーフを留めるために使用していた、カルティエのアールデコ・ラブバードブローチです。

ルビーの使い方などアールデコジュエリーの特徴を多く持つこのブローチは2024年にクリスティーズに出品され、約2,300万円で落札されました。装着時の写真は、例えばVogue Japanのこちらのページ(5つめの写真)などでご覧いただけます。

下の写真はデイジーの親友ジョーダン・ベイカー役のロイス・チャイルズが使用していたエメラルドとパールのネックレスです。

小さな画像で見にくいですが、センターの大きなエメラルドに細密な彫刻が施されている精巧な作り。こちらも一目見てわかるアールデコらしいスタイルですね。カルティエの世界を深く掘り下げた書籍"Cartier Jewelers Extraordinary"でも紹介されています。華麗なるギャツビーにおける着画はmoiなどでご覧ください(2つ目)。

●2013年版(ティファニー提供) 

2013年版でジュエリーを提供したのはティファニー。もちろんアールデコスタイルのものですが、1974年版と異なり、全て映画用に新たに作られた特注品でした。デイジー役を演じたキャリー・マリガンが映画の中で身に着けていたジュエリーは、それなりにカラフルであった1974年版に比べ、ダイヤモンド&パール中心のホワイト系のものが中心。これはアールデコ前期の特徴です。

まず、この作品の象徴的な存在となっている「サヴォイ・ヘッドピース」を見てみましょう。見覚えのある方も多いのではないでしょうか。

ティファニーのSavoy Headpiece

1920年代の華やかな社交界のヘッドピースに着想を得たもので、当時流行したBandeau(バンドー)とダイヤモンドティアラを組み合わせたデザインとなっています。デイジーのキャラクターにマッチした、強さと煌めきのある繊細さを備えている美しいお品です。

次にご紹介するブレスレット系のジュエリーもよく知られていますね。多くの宣伝用スチール写真において、デイジー(キャリー・マリガン)が身に着けていました。

デイジーが身に着けていたブレスレット

5連のパールブレスレットとデイジーモチーフのダイヤモンド&パールのプレートがチェーンで繋がっています。さらにダイヤモンドがあしらわれたリングも連結されている、豪華なアールデコ調のジュエリーです。着画はこちらのVogueのページなどでご覧ください。

『タイタニック』

タイタニック号沈没事故を題材にした映画は、これまでかなりの数が制作されました。本記事ではレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットの共演が話題となった、ジェームズ・キャメロン監督の作品を取り上げます(1997年公開)。

映画「タイタニック」は豪華客船での身分違いの恋と、運命の夜を描いた壮大なラブストーリーです。舞台となっている時代は実際に沈没事故が起きた1912年。アンティークジュエリー史的にいえば、アールヌーボー&ベルエポック(イギリス的にはエドワーディアン)の末期にあたります。ファーストクラスの乗客など、上流階級の人びとが身に着けているネックレス、イヤリング、ブローチなどが、当時の富とステータスを象徴するアイテムとして数多く登場していますので、まだこの映画をご覧になっていないジュエリーファンの方は、ぜひチェックしてみてください。

登場するジュエリーのうち最も知られているのは、アンティーク物語『ブルーハートダイヤモンドの女性遍歴』でもご紹介した"Heart of the Ocean"(日本名:碧洋のハート)でしょう。

Heart of the OceanHeart of the Ocean

上の写真は小道具として制作されたものです。脚本家が創り出した架空のジュエリーで、元になる実物は存在しません。56カラットという設定でしたので、超希少なブルーダイヤモンドということも併せ、実在していれば数十億円の値が付いたでしょう。大変人気があり、現在でも多くのショップ・工房でレプリカがで制作されています。ベルエポックを感じさせるハートシェイプやクラスタースタイルが目を惹きますね。
着画はシネマトゥデイなどでご覧いただけます。

次にご紹介するのはローズが使っていた蝶の櫛(髪飾り)。ファンの間では"Heart of the Ocean"に勝るとも劣らない人気を誇っています。

まさにアールヌーボーな美しいデザインですね!この素敵な櫛は映画内で何度か登場します。中でも、ローズがジャック(ディカプリオ)に絵を描いてもらう時に髪から外すシーンが印象的でした。

上の画像は、映画公開後に制作されたレプリカ品です。ちなみにタイタニックに登場するジュエリーは、いずれも映画用に制作された特注品であったといわれています(詳細は公開されていませんので、確実ではありません)。

タイタニックでの着画はPinterestでご覧いただけます。

 『アガサ・クリスティ原作の2作品』

  アガサ・クリスティの推理小説「オリエント急行殺人事件」と「ナイル殺人事件」をご存じない方はいらっしゃらないでしょう。現代においても色褪せることのない魅力を持つ、ミステリー小説の金字塔ともいえる素晴らしい小説です。それぞれの小説を原作とした映画が作られており、いずれも印象的なジュエリーが登場しています。

最初にご紹介するのはオリエント急行殺人事件です。

●オリエント急行殺人事件

この小説を原作とする映画は2本制作されました(TV映画やドラマを除く)。アルバート・フィニー主演の1974年版と、ケネス・ブラナー主演の2017年版です。ここでは2017年版で使用されていたジュエリーをご紹介します。

事件の舞台は1930年代前半。本記事の冒頭でご紹介した1922年が舞台の「華麗なるギャツビー」と同じくアールデコ期にあたりますが、10年以上先の時代です。この様式の「成熟期」といってよいでしょう。初期に比べ装飾は簡素化され、機能性を重視したデザインが増えていました。

数多く登場するジュエリーの中で、出自が明らかなものが1点あります。ルーシー・ボイントンが演じたエレナ・アンドレニ伯爵夫人が使用していたネックレスです。

エレナ・アンドレニ伯爵夫人のネックレス

1933年に制作されたドイツ製ジュエリーで、プラスチックの一種である黒いベークライトとラインストーンの装飾が施されています。先ほどお伝えした通り、アールデコ成熟期らしいシンプルで機能的なデザインですね。着画は高級ライフスタイル誌TATLERのページ中ほどでご覧いただけます。このネックレスの素晴らしさがよく伝わってくる写真ですので、ぜひご覧になってみてください。ベールや洋服との見事なコーディネートにはただ驚くばかり。高価な素材を使用していないジュエリーでも、デザインやコーディネート次第で見る人を惹きつける魅力を生み出すことができる、良い例です。

ここで少しだけジュエリーから離れます。
オリエント急行の列車内にルネ・ラリックがデザインした装飾ガラスや壁パネルが使われているのをご存じでしょうか。ルネ・ラリックはアールヌーボーの代表的な宝飾デザイナーとして取り上げられることが多いのですが、実はアールデコ期にもガラス工芸家として大活躍していました(現在運行しているオリエント急行の列車は1920年代から1930年代にかけて作られています)。

オリエント急行の装飾ガラス(ルネ・ラリック作)

どちらかというとアールヌーボー的ニュアンスを色濃く残すデザインですね。ガラス装飾に比べ、壁パネルは比較的アールデコらしいイメージですので、ご興味のある方はParis côté jardinの記事でご覧になってみてください。

それでは次の作品に進みましょう。

●ナイル殺人事件

2022年に公開された「ナイル殺人事件」では、ガル・ガドット演じるリネット・リッジウェイ・ドイル着用のイエローダイヤモンドネックレスが映画の目玉の一つとなり、多くの観客を魅了しました。

このイエローダイヤモンドは"Tiffany Diamond"もしくは"Tiffany Yellow Diamond"と呼ばれる、ティファニーの歴史的かつ象徴的な宝石。1877年に南アフリカのキンバリー鉱山で発見された287.42カラットの原石を創業者のチャールズ・ルイス・ティファニーが翌年128.54カラットのクッション型にカットしたものです。イエローダイヤモンドの中でも、このダイヤモンドの鮮やかなカナリーイエローの色合いは特に珍しいものであるといえるでしょう。
※撮影ではティファニーがこの映画用に制作したパーフェクトなレプリカが使われました。

ティファニー イエローダイヤモンド

カットはティファニー独自の「クッション・ブリリアント・カット」(Cushion Brilliant Cut) 。通常のブリリアントカットに比べファセットがかなり多く、独特の輝きと存在感を生んでいます。まるで太陽が凝縮されたような輝きを放つ宝石です。

アンティークジュエリーらしい観点から見てみましょう。オールドヨーロピアンカットがメジャーになったのは1890年代~1930年頃ですから、1878年にカットされたこのダイヤモンドがオールドヨーロピアンの前身であるオールドマインカットのクッションシェイプという特徴を持つのも納得ですね。

 このダイヤモンドはティファニーが自社のアイコンとして所有していますが、イベントなどの際に貸し出されることがあります。ビヨンセ、レディー・ガガ、オードリー・ヘップバーンといった著名人が、公式行事や広告などでこのダイヤモンドを身に着けました。レディー・ガガが2019年のアカデミー賞授賞式でペンダントネックレスに仕立てられたイエローダイヤモンドを着用し、大きな注目を集めたのは記憶に新しいところです。

ナイル殺人事件のレプリカはこのネックレスバージョンをベースにして制作されました。映画における着画レディー・ガガの着画を比較してみると、映画用のレプリカは、オリジナルのネックレスよりも少し長めに作られているのがわかります。

 オペラ座の怪人

「オペラ座の怪人」は、ガストン・ルルーが1909年に著した小説です。多くのミュージカルや映画の原作となり、広く知られる作品となりました。原作者はフランス人ですが、歴史的な成功を収めたアンドリュー・ロイド・ウェバーによる1986年のミュージカルはイギリス発。また、いくつか作られた映画の中で最も親しまれている2004年版はハリウッドで制作されたものです。半仏人の私は、フランス語で楽しめる映画も作ってほしいと常々思っております。

今回スポットを当てるのは、最も有名で広く認知されている2004年版の映画。音楽やビジュアルが高く評価され、キャストの魅力も相まって広く親しまれています。

舞台は19世紀末のフランス。アール・ヌーボーやベル・エポックのジュエリーが輝きを放った時代です。その繊細で華やかなデザインは、豪華な舞台衣装やセットをさらに引き立て、物語が描き出す世界観と見事に調和しています。

オペラ座の怪人に登場するクリスティー(怪人と幼なじみのラウルへの愛情の間で葛藤するヒロイン)のエンゲージメントリングは、この物語の象徴的なアイテムです。ラウルがクリスティーヌへの愛を誓う場面で贈られ、2人の絆を表す重要な役割を果たします。また、怪人がクリスティーへの想いを告白する場面でもこのリングが使われ、彼の孤独や愛の葛藤を表現するアイテムとしても使用されているのです。

クリスティーのエンゲージメントリング(レプリカ)

物語の舞台であるベルエポック期に人気のあったダイヤモンドのクラスターリング。当店でも同スタイルのリングを販売しました。一つは持っておきたい、ベルエポック期アンティークジュエリーの定番ですね。

ファンの間では、このリングも含め、映画で使用されたジュエリー類がスワロフスキー製であるという噂があります。いろいろ調べてみましたが、スワロフスキー社も含めオフィシャルな情報は存在せず、あくまでも「噂」の域を超えないようです。映画に登場する豪華絢爛なシャンデリアのクリスタルパーツがスワロフスキー製であったことから、このような推測が生まれたのかもしれません。

 tumblerのこちらのページにエンゲージメントリングが登場するシーンのGIFアニメーションが多数アップされています。著作権関係は不明ですが、ご興味があればチェックされてみてください。

この映画で最も多くレプリカが作られたジュエリーはやはりクリスティーの星形イヤリングでしょう。

クリスティーヌの星形イヤリングクリスティーヌの星形イヤリング(レプリカ)

「天使のように美しい」と評されるその歌声や、幼いころ亡くなった父親から「音楽の天使」が自分を導いてくれるという話を聞かされているなど、物語の中でクリスティーヌは天使的な存在として描かれています。星や光は天を象徴するアイテム。ファンや批評家は、クリスティーヌの星形イヤリングを彼女の天使性(純粋さや神秘性)を表すものとして解釈しています。

「星」というモチーフは、物語の舞台である19世紀末という時代にもマッチしています。星をモチーフにしたジュエリーは、19世紀中ごろから末までヨーロッパでとても人気がありました。

また、ナポレオン3世の時代には、19世紀前半の新古典主義へのオマージュとしてダブルのピアスが多く作られています。以下は19世紀後半のピアスですが、星形では無いにせよ、少しイメージが似通っているように感じませんか?

アンティーク 19世紀のダブルドルムーズピアス(天然真珠)19世紀のダブルドルムーズピアス(天然真珠)

星形イヤリングの出自は公開されていません。しかし、イヤリングと同時に装着しているヘアオーナメントが酷似したデザインの星形であることから、一括して映画用に制作したものである可能性が高いように思われます。クリスティーヌの着画はIMDbなどでご覧ください。

 まとめ

映画とアンティークジュエリー、いかがでしたでしょうか。映画用に新たに制作されたものがメインとはいえ、いずれも徹底的に時代考証やアンティーク品の調査を行った上で採用されたものです。本記事で紹介したものに限らず、映画に登場するジュエリーは、専門家の目から見ても違和感のあるお品は非常に少ないです。また、これらの作品はキャラクターやストーリーにもフィットするように一流のデザイナーやジュエリーブランド・メーカーがデザインしたものですので、いずれも溜息が出そうなほど魅力的な仕上がりになっています。

私自身は、アンティーク家具や雑貨も扱っていた頃から古い時代の映画やドラマなどを参考にしていました。単品で見るのと、同じ時代設定の他のアンティーク品と組み合わされた状態で見るのと、印象は大きく異なります。命を吹き込まれた、とでもいうのでしょうか。また、非常にレアなアイテムなどは、映画を見て初めてその用途が理解できたなどということもあり、大変勉強になりました。

アンティークジュエリーについても同様です。古い時代の映画をご覧になるときに、ぜひジュエリーにも注目してみてください。各時代のジュエリーの特徴を深く知ることができるだけでなく、コーディネートの新たな発見につながることもあると思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!