アンティークジュエリーの非加熱ルビー
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
ルビーには加熱されたものと非加熱のものがあるのをご存じでしょうか。現代ではほとんどのルビーが加熱されており、非加熱のものはほんのわずかしか流通していません。ルビーの加熱は、原石をより美しくするための加工処理の一つなのですが、一般的に広く行われるようになったのは比較的近年のこと。そのため、アンティークジュエリーに留められているルビーの多くは非加熱です。
※加熱処理は業界で広く受け入れられている方法であり、加熱後も天然ルビーであることに変わりありません。
本記事では、ルビー加熱の歴史や方法、アンティークジュエリーにおける非加熱ルビーの魅力などをご紹介していきます。
目次
- なぜルビーを加熱するようになったのか
- ルビー加熱の歴史と加熱方法
- 非加熱ルビーの魅力
- おわりに
1.なぜルビーを加熱するようになったのか
多くの方が「ルビー」と聞いてイメージするのは、透明感のある鮮やかな赤い石でしょうでしょう。ところが、実は原石のルビーは、その多くがどちらかというとピンキッシュで不透明。青みが入って紫がかっていたり、黒ずみが見られるものもあります。原石の状態で赤く透明なルビーは非常に稀であり、その産出量は全体の1%から多くても5%くらいといわれています(1%未満という情報もあります)。
ルビーの加熱処理は、多くの人が理想とする「鮮やかで透明感のある真紅のルビー」を創り出すために行われるのです。
ルビーはコランダムという鉱物の一種で、主成分は酸化アルミニウム(Al₂O₃)。本来コランダムは無色透明なのですが、ルビーの赤色は、このコランダムのアルミニウム元素(Al)の一部を、微量に含まれるクロム(Cr)が置換することで発色します。この置換は鉱物学において「同型置換」と呼ばれるものなのですが、そのメカニズムにご興味のある方は、アンティーク物語『蜂ブローチからの「同形置換」からの「他色」と「固溶体」』をご覧になってみてください。
多くの天然原石ルビーが濃い赤色をしていないのは、クロムの含有量が少なかったり、他の微量元素や不純物の影響で赤みが抑えられているためです。ルビーと同じコランダムである(ブルー)サファイアの青色発色因子である鉄(Fe)とチタン(Ti)がルビーに含まれると、これらの元素が持つ特定の電荷状態がクロムによる赤色の発色を打ち消し、ルビーの色が薄くなったり、青み・紫色を帯びることになります。また鉄が多く含まれることで黒ずんで見えることもあります。

ルビー原石を高温で加熱すると、これらの鉄やチタンの原子の電荷状態が変化したり、結晶構造の中での結合状態が再編成され、発色の薄さや青み、紫色の原因となる結合が解消されるのです。また鉄による黒ずみも加熱により軽減されることが知られています。
原石のルビーが不透明なのは、多くの場合、内部に微細なインクルージョン(内包物)があるためです。代表的なのが、針状のルチル(酸化チタン)で、「シルク」とも呼ばれ、光を乱反射させてにごりを生じさせます。また、周囲の鉱物片や液体が結晶内に閉じ込められたもの、さらには格子構造の乱れも、透明度を下げる一因です。
加熱処理によってルビーの透明度が高まるのは、内部に存在するインクルージョンが熱によって変化するため。ルビーの代表的なインクルージョンであるルチル(シルク)は高温で再結晶したり溶解し、光を乱反射しにくくなるのです(鑑別処理における加熱・非加熱の判定は、主にこのインクルージョンの状態観察により行われます)。また、液体や気体の内包物は加熱により変質し、存在感が薄まります。さらに、格子のゆがみなども熱によって整えられ、全体としてよりクリアな外観に変化するのです。
劇的な色の改善と透明度の向上、加熱処理は、ルビーの原石にとってまさに魔法のようなものであるといえるでしょう。
2.ルビー加熱の歴史と加熱方法
記録によれば、アラブや中東の商人たちはすでに13世紀にはコランダム(ルビーやサファイア)を加熱していたとされます。1240年頃の『Lapidarium』、通称「テイファスキによる宝石論」における記述をご覧ください。ルビーの加熱処理が明確に記述されている最古級の記録です。
セレンディブ(現在のスリランカ)とその周辺では、ルビーは火によって処理される。人々は地中から小石を取り出し、水と混ぜて押し固める。この混合物を乾いた石に塗りつけ、岩の上に置き、周囲に石を並べる。その上に薪を積み、火をつけてふいごで空気を送る。こうして黒みが消えるまで加熱する。
火の量や薪の加減は石の黒みの度合いによって変えられる。加熱時間は1時間から最長20日間まで様々。黒みが消えた後に石を取り出す。
この処理は一度きりで、二度と加熱はしない。一度処理したルビーの色は、それ以上良くも悪くもならない。
次に、19世紀の資料を見てみましょう。同じくスリランカルビーの加熱処理に関する記録です。19世紀半ばにセイロンで鉱物学者として活動していたJ.F. Stewartが1855年にセイロンの英字新聞『The Colombo Observer』に寄稿した報告で、現代の著名な宝石学者Richard W. Hughesが著書『A Brief History of Heat Treatment of Ruby & Sapphire』(ルビーとサファイアの加熱処理の歴史)において引用しています。
石にしばしば見られる青み(Neelakantia、ネーラカンティアと呼ばれる)を焼くことで容易に除去できる。その方法は以下の通り:
石に厚く石灰(現地でビンロウ葉とともに用いられるもの)を塗り、強火にさらす。この操作を青みが完全に消えるまで繰り返す。ただし、ひびのある石にこの処理をすると、加熱で砕ける恐れがあるため、完全に無傷の石のみを対象とすること。
※石灰に関する部分が少しわかりづらいですが、現地ではビンロウ葉というつる性の植物を石灰とともに嗜好品として噛む習慣がありました。
このように、中世や19世紀の段階では比較的低〜中温での処理(吹管や簡易炉)が主であったため、ルビーの加熱は主に色の黒ずみや青みを取り除く程度の、「ローカルな伝統技法」の域に留まっていました。劇的な色の改善(ピンク→深紅、色むらの除去など)や透明度の向上にまでは至っておらず、加熱処理はあくまで「一部の石に施される裏技」でしかありませんでした。
ルビーやサファイアの高温加熱処理の本格化は、後世の技術革新を待つことになります。 これは、ルビーやサファイアを大幅に改善するのに必要な、場合によっては1500℃〜1800℃といった非常に高温を安定的に長時間維持することがそれまでは困難だったためです。
19世紀末頃には、工業技術の進歩により、水素-酸素バーナー炉や耐火性るつぼ炉など、高温加熱(1500°C以上)を行うための炉が利用可能になっており、一部のコランダムについて、非公式な品質改善が実験的に行われていた可能性があります。20世紀初頭のサファイアやルビーの一部に、高温加熱の痕跡(丸みを帯びた形状の溶融したインクルージョンの)が確認されており、高温加熱による品質改善が19世紀末頃から実験的に始まっていたことが示唆されます。
ルビーの加熱処理が商業的に本格化したのは1970年以降。タイの宝石業者が、ギウダ産サファイア(スリランカ産の乳白色で低品質なサファイア)の加熱技術を応用し、色が薄い、黒や青みを帯びた、またはルチル(シルク)インクルージョンで透明度が低いルビーを、鮮やかな赤色で透明度の高い高品質なものに改善する技術を確立しました。ガス炉や電気炉の改良により、1,500°C~1,800°Cの高温と、酸素濃度を調整して色や透明度を制御する環境の精密な制御が可能になったのです。
これまで市場価値が低かったり、流通しにくかったりしたルビー原石が、美しい「加熱ルビー」として大量に供給されるようになりました。これにより、最高品質の天然無処理ルビーは引き続き希少価値を保ちつつも、より手頃な価格帯で美しいルビーが消費者の手に届くようになり、ルビー市場は大きく拡大しました。この時期以降、「ルビー」として流通する宝石のほとんどが、何らかの加熱処理を施されたものとなっていきます。

3.非加熱ルビーの魅力
原石の状態で赤く透明なルビーは非常に稀なため、現代ではほとんどのルビー原石に加熱処理が施されます。非加熱ルビーは市場全体の5%以下、場合によっては1%未満ともいわれており、さらに極端なケースでは0.01%にも満たないとされることもあります。そのため、非加熱ルビーは非常に価値があるとされ、高額で取引されるのです。
現代の非加熱ルビーの価値が高いことはよく知られており、ご存じの方も多いでしょう。しかし、この章で対象とするのは、現代のものではなく、「アンティークジュエリーに留められた」非加熱ルビーです。
前の章でもご紹介したように、なかには簡易的な加熱が行われたものや、20世紀初頭に高温処理された可能性のあるルビーもありますが、アンティークジュエリーに用いられているルビーの大半は、非加熱といって差し支えないでしょう。
アンティークの非加熱ルビーは現代の透明で濃い赤色のルビーとはかなり風合いが異なりますが、アンティークジュエリーファン、コレクターからは、大変魅力のある宝石として人気があります。
アンティークジュエリーに留められた非加熱ルビーは、採掘されたそのままの状態でカット・研磨されたもの。現代の加熱処理で人工的に改良されたルビーとは異なり、地球の歴史をそのまま閉じ込めた宝石なのです。現代の加熱ルビーには存在しないインクルージョンが、「天然の指紋」として肯定的に捉えられることが多いのも、アンティークの非加熱ルビーならではの特徴といえるでしょう。こうした理由から、「当時の天然状態を保つ宝石」としてコレクターに高く評価されているのです。
次に、全く異なる視点、その産地からアンティークルビーの魅力を探っていきましょう。ビルマ(現ミャンマー)のモゴック産ルビーをご存じでしょうか。数十年前から産出が著しく減少し、現在ではほぼ枯渇したとされる、伝説のルビーです。特に「ピジョンブラッド」と呼ばれる、鳩の血のような鮮やかな赤色を持つものが最高級とされます。モゴック産ルビーは、その希少性と美しさから、他の産地のルビーよりも高い価値がつけられる、特別な存在のルビーです。
実は19世紀のルビーであれば、このモゴック産である可能性が高くなります。19世紀のヨーロッパ市場ではモゴック産ルビーが圧倒的な割合を占め、最高級のルビーとして流通していました。これは、英国のビルマ支配によりモゴック鉱山からのルビーの供給が安定していたことと、その品質の高さから、ヨーロッパの王室や富裕層の間で絶大な人気を誇っていたためです。スリランカ産やタイ産のものも一定数は流通していましたので、19世期のルビーが全てモゴック産ということではないのですが、「ひょっとしたらモゴック産の非加熱ルビーかも?」と想像するだけでロマンが掻き立てられますね。
そしてなにより「非加熱ルビー」という言葉の響き。現代のものとは見た目が異なりますが、今では超レアな非加熱ルビーを持っているというだけで、他にはない特別感を味わうことができるのではないでしょうか。

4.おわりに
現代の基準では決して万人受けするビジュアルを持っているわけではないアンティークの非加熱ルビー。しかし、加熱処理の歴史を紐解いてみると、その「ありのままの色」が持つユニークさと魅力に改めて気づかされます。
アンティークの最も大きな魅力の一つである「オンリーワン」という属性を持つこのルビーは、現代の整った美しさとは少し違う、揺らぎのある表情をしています。ほんのりピンクや紫がかっていたり、不透明さがあったり、加熱ルビーにはあまり見られない、どこか曖昧で含みのある色合いです。しかし、その曖昧さこそがこの石の魅力なのではないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!