知恵と神性が宿る青:サファイアを巡る神秘の物語

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。

サファイアは、アンティークジュエリーでも使われることの多い、大変美しい貴石ですね。吸い込まれるような深い青色を持つサファイアは、古くから天の輝きそのものになぞらえられてきました。古代の人々は、見上げる空がこれほどまでに青いのは巨大なサファイアが世界を映し出しているからだ、とさえ想像したといわれています。このような天上の青へのリスペクトは、人間の精神性とも結びつけられていきました。

歴史を遡ってみると、この石には常に特別な意味付けがなされてきたことが分かります。神の言葉を刻んだとされる石板、知恵の王ソロモンが悪魔を退けたという魔法の指輪、さらに、持ち主の不実によってその色や輝きを失うとまで恐れられた中世の伝承など。サファイアは、時に神聖な力の象徴として、時に持ち主の誠実さを映し出す鏡として、装飾品の枠を超えた存在であり続けてきました。

本記事では、そんなサファイアを巡る神秘的な物語や伝承をいくつかご紹介いたします。必ずしも科学的な客観性や厳格な歴史的事実に基づいた内容ではなく、石に託された人々の願いや言い伝えであることをご了承ください。この宝石にまつわる壮大なロマンを、ぜひ最後までお楽しみいただければ幸いです。

目次

  1. モーセの石板
  2. ソロモン王の指輪
  3. エドワード懺悔王と奇跡の帰還
  4. 貞節を映す「心の鏡」
  5. おわりに

1.モーセの石板

モーセの石板とは、「モーセの十戒」が刻まれた2枚の石板を指します。モーセの十戒という言葉を見聞きしたことはあっても、その具体的な内容までご存じないという方もたくさんいらっしゃると思いますので、まず、その背景・概要をお伝えしておきましょう。

モーセといえば、十戒の話以上に、海を真っ二つに割って道を作るエピソードの方がよく知られているかもしれませんね。これは、旧約聖書の「出エジプト記」に記されている、イスラエル人のエジプト脱出時の紅海でのシーンを描いたものです。イスラエル人はエジプトの王(ファラオ)によって奴隷化され、酷使されていたのです。モーセは、このイスラエルの民のリーダーでした。

紅海を渡るイスラエルの民とモーセ紅海を渡るイスラエルの民とモーセ 出典:Wikimedia Commons

エジプトを脱出したモーセとイスラエルの民は、神に指定されたシナイ山に到着しました。その際、モーセは山頂で神から2枚の石板に刻まれた十の戒律を授かったのですが、これが「モーセの十戒」です。せっかくですので、その内容を簡単にご紹介しましょう。

  • 主が唯一の神であること
  • 偶像崇拝の禁止
  • 主(神)の名をみだりに唱えてはならない
  • 安息日を守る
  • 父母を敬う
  • 殺してはならない
  • 姦淫をしてはならない
  • 盗んではならない
  • 偽りの証言をしてはならない
  • 他人のものを欲しがらない

あの有名な『汝、姦淫するなかれ』という一節は、実はこの十戒の7番目に記されている戒律です。

さて、ここでようやくサファイアが登場します。この十戒が刻まれた2枚の石板が、ただの石ではなく、サファイアであったというラビ(ユダヤ教の指導者)の伝承があるのです。もともと、旧約聖書においては、十戒が刻まれたものは「石の板」としか記述されていません。では、なぜ「サファイア」説が出てきたのでしょうか。

これは、十戒を授かる直前のシーンにヒントがあります。旧約聖書の「出エジプト記」に、モーセたちが山で神を見たとき、神の足元が「サファイア(sappir)の舗道のように輝いていた」という描写があるのです。後の時代のラビたちが、「神様が自分の足元にあるそのサファイアを切り出して、石板にしたのではないか?」と推測したのが、「十戒の石板はサファイア製」という説のルーツとなりました。古来、サファイアは空のかけらと信じられており、神の戒律を記すに相応しい「聖なる石」の筆頭でした。

神から十戒を授かるモーセ神から十戒の石板を授かるモーセ 出典:Wikimedia Commons

当時サファイア(sappir)と呼ばれていたものは、現代においてサファイアという名が付いている宝石(青いコランダム)ではなく、ラピスラズリだったという説もあります。仮にラピスラズリだったとしても、空の色に最も近い石の「青」が、時代を超えてサファイアという名に引き継がれていったのでしょう。聖書の物語が語ろうとしたのは、ひとつの鉱物ではなく、天に最も近い青という色だったのです。

2.ソロモン王の指輪

ソロモン王が神から授かったとされる神秘の指輪は、「ソロモン王の指輪」(Ring of Solomon, Seal of Solomon)としてよく知られています。実は、この指輪がどのような素材で作られていたかについては、「鉄と真鍮でできていた」という説だけではなく、「サファイアだった」とする伝承もあるのです(台座は鉄と真鍮製で、そこにサファイアが留められていたという説も存在します)。

本記事のテーマに従い、ここではサファイアにまつわるエピソードに焦点を当てて、その神秘的な物語についてお話ししていこうと思います。こうした伝承にはいろいろなバリエーションがあり、ここでご紹介する内容とは異なるストーリーもいくつか存在します。どれが真実ということもありませんので、一つのロマンとしてお楽しみください。

ソロモン王という名は、ほとんどの方が一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。彼は、ダビデ王(イスラエル王国の全盛期の礎を築いた王。ミケランジェロの「ダビデ像」が有名)の子であり、紀元前10世紀頃にイスラエルを統治しました。並外れた知恵の持ち主として知られ、その言葉を聞くために遠方からたくさんの人々が訪れたと伝えられています。

ソロモンは、エルサレムのモリア山における神殿の建設を父ダビデから引き継ぎました。後に第一神殿やソロモン神殿とも呼ばれたこの神殿は、神ヤハウェを祀るものです。しかし、悪魔オルニアスによる執拗な妨害によって、工事がなかなか進みません。ソロモンが頭を抱え、神ヤハウェに必死で祈ったところ、突然まばゆい光が降り注ぎ、神の命を受けた大天使ミカエルが降りたちました。

ミカエルは輝く指輪を差し出し、こう言いました。

「受け取るがよい、王にしてダビデの子なるソロモンよ。主なる神、いと高きヤハウェが汝にくだされた賜物を。これによって、汝は地上の悪霊を男女ともにことごとく封じるであろう。またこれの助けによって、汝はエルサレム神殿を建てあげるであろう。だが、汝はこの神の印章を常に身に帯びねばならぬぞ。」

ソロモン王はもちろん大喜びでこの指輪を受け取ります。これが、「ソロモン王の指輪」です。

大天使ミカエルから指輪を授与されるソロモン王大天使ミカエルから指輪を授与されるソロモン王

この指輪にはサファイアが留められていました。サファイアは、澄明さ、知恵、そして神の真理を象徴する石です。その深い青は天空を映し、彼の力が地上の力ではなく、天上に由来するものであることを象徴するものでした。

この物語に関する最古級の伝承である「ソロモンの遺訓」には、指輪に神の名が刻まれていたと記されている一方で、中世以降の伝承では、六芒星が刻まれた指輪として描かれる例も現れます。特にイスラム圏では「ソロモンの印章」が六芒星の図像と結びつき、魔除けや支配の象徴として用いられました。この章の冒頭で触れた、”Seal of Solomon”というワードは、この印章を指すケースが多いかもしれません。

ソロモンの印章ソロモンの印章 出典:Wikimedia Commons

ソロモンは指輪を利用し、建設の邪魔をしていた悪魔オルニアスを呼び出しました。あれほど恐ろしかった悪魔は指輪の力に屈し、ソロモンの前まで引きずり出されました。オルニアスはその後も許されることなく、神殿のための巨大な石を切らされたり、その重い石を運ばされたりします。また、ソロモン王はオルニアスに他の悪魔の名前や役割を白状させ、多数の悪魔を召喚させました。指輪のおかげで、全ての悪魔を支配下に置くことに成功したのです。このようにして、ソロモン王はついに神殿の建設を完成させることができました。

この指輪がソロモンに与えた力は、悪魔を封じ込める能力だけではありません。人間以外のもの(動物や自然現象など)の言葉を理解する能力も授けたと伝えられています。 空を吹き抜ける風の行方を知り、鳥のさえずりから遠い異国の政情を読み取る。さらには、地を這う虫たちのささやきの中にさえ、世の中の仕組みを聞き出したといいます。 サファイアの青は、彼にとって「世界という巨大な書物」を読み解くための、知性の象徴だったのでしょう。

3.エドワード懺悔王と奇跡の帰還

エドワード懺悔王に関するこの章の物語は、サファイアをめぐる最も有名な伝説の一つです。
※「懺悔王」という不思議な名前に違和感を感じる方も多いと思います。これは、キリスト教の「Confessor(迫害に屈せず信仰を力強く宣言する者)」という称号を、かつての翻訳において、同じ語源の「Confess(罪を告白する)」と混同し、「懺悔」と訳してしまった名残です。

エドワード懺悔王は、アングロ・サクソン時代の最後から2番目のイングランド国王(在位:1042年 - 1066年)です。彼は、歴代の英国王が戴冠式を執り行ってきた、ロンドンの象徴であるウェストミンスター寺院を建設しました。あのチャールズ3世の戴冠式がこの場所で行われたことは記憶に新しいですね。エドワードは人生のすべてをこの寺院の完成に捧げ、その落成のわずか数日後、息を引き取りました。

しかし、彼の物語はそこで終わりではありません。彼が愛用し、死の間際に「奇跡」を起こしたという一つのサファイアが、今も大英帝国王冠の上で輝き続けているのです。

物語は、建設が始まった頃にウェストミンスター寺院で行われた儀式から始まります。式を終えたエドワードが供を引き連れて歩いていると、一人の貧しい老人が現れ、彼に施しを求めました。王は財布を持っていなかったので、自分の指からサファイアの指輪を外し、「これを神に捧げよ」と言い、指輪を与えます。サファイアは当時すでに希少で高価な宝石で、王の信仰と慈悲の象徴でした。老人は感謝して去りましたが、実はこの老人、乞食の姿を借りて現れた天上の聖ヨハネだったのです。

エドワード懺悔王 出典:Wikimedia Commons

その数年後、聖地エルサレムを目指して旅をしていた二人のイングランド人巡礼者が、シリアに差し掛かかった時のことです。巡礼者たちが道に迷い、途方に暮れていたところ、突然周囲が明るくなり、一人の老人が現れました。老人は彼らを温かくもてなし、一晩の宿を提供しました。翌朝、老人は自分が聖ヨハネであることを明かし、「このサファイアの指輪をエドワード王に返してほしい。そして、半年後に天国で会おうと伝えてくれ」というメッセージを託しました。

イングランドに戻った巡礼者たちは、王にサファイアの指輪を返し、聖ヨハネからのメッセージを伝えます。エドワードは指輪を見て奇跡を悟り、実質的な死の宣告を「神の御心だ」と静かに受け入れました。そして、残された時間で身辺を整理し、心血を注いできたウェストミンスター寺院の完成を急がせます。

ついにウェストミンスター寺院が完成し、奉献式(建物を神に捧げ、そこを聖なる場所と定める儀式)が行われました。エドワードは重病で出席できず、妻のエディスが代わりを務めたそうです。その数日後、予言通りエドワードは息を引き取り、自らが建てた寺院の祭壇近くにサファイアの指輪を指にはめた状態で埋葬されました。

その死から約100年後、「聖人」として別の棺に移し替えるために、墓が掘り起こされました。その際、遺体から指輪が外され、ウェストミンスター寺院の貴重な聖遺物として保管されることになります。清教徒革命によって1649年にチャールズ1世が処刑された際、ほとんどの王冠や宝器は「王政の象徴」として壊され、溶かされて売却されてしまいました。しかし、このサファイアは誰かが密かに保管していたのか、あるいは幸運にも売却先から買い戻されたのか、1661年のチャールズ2世の即位(王政復古)の際に再登場し、王冠の装飾として組み込まれました。歴史の荒波から逃れ生き延びることができたのも、このサファイアの指輪に関するもう一つの奇跡なのではないでしょうか。

その後、このサファイアは1838年にヴィクトリア女王のために作られた「大英帝国王冠」へと継承され、さらに1937年、そのデザインを受け継いで新調された現在の王冠へと引き継がれました。伝説のサファイアは、現在も王冠の頂点にある十字架の中心で静かに光り続けています。1000年前、一人の乞食に差し出されたエドワード王の慈悲は、形を変え、今もなお英国王室の至宝として輝き続けているのです。

大英帝国王冠大英帝国王冠 出典:Wikimedia Commons

4.貞節を映す「心の鏡」

サファイアは古来より忠実さ、誠実さの宝石としても知られ、不実から人を守る力があるとされていました。今でこそエンゲージメントリングに留める宝石はダイヤモンド一強ですが、18世紀~19世紀頃はサファイアもその候補の一つでした。これは、誠実の象徴とされていたことによるものでしょう。

誠実さに関する言い伝えが転じて、中世ヨーロッパでは、「持ち主が不実であれば色を失う」という迷信が生まれました。具体的には、サファイアを身に着けていた人間が不貞を働いたり不純な心を持ったりすると、宝石の色が薄くなったり暗くなったり、光沢が失われたりすると信じられていたのです。この信仰がベースとなり、サファイアは「不実のテスト」ツールとして用いられるようになりました。

最も有名な逸話は十字軍に関するものでしょう。十字軍の遠征とは、西欧のキリスト教徒が聖地エルサレムをイスラム勢力から奪回するために行った軍事遠征です。11世紀末から13世紀後半にかけて、約200年間にわたり合計8回行われました。

この遠征に参加する騎士は、長い期間(一回につき2~4年くらい)家を留守にします。そこで、パートナーの貞操に不安を持つ騎士は、留守を預かる妻にサファイアを持たせました。帰還時に色が変わっていないかを確認し、もし色が変わっていた場合、不実の証拠としたのです。

十字軍の騎士十字軍の騎士 出典:Wikimedia Commons

サファイアと誠実さについては、中世の教会に関する次のような逸話もあります。

1215年、時の教皇インノセント3世は、婚約から結婚式までの間に一定の「待機期間」を設けることを定めました。これは、現代のキリスト教の結婚式でも行われる「異議のある方はお申し出ください」という告知のルーツとなる制度です。

この待機期間中、カップルの誠実さをテストするために「サファイアの婚約指輪」が使われた、というロマンチックな伝説が残っています。もし不実な心があれば色が変わってしまうサファイア。恋人たちは、指輪の色が変わらないか心配しながら過ごしたのかもしれません。しかし、天然のサファイアが急に色を失うことはありませんので、多くのカップルが、サファイアの変わらぬ輝きに守られるようにして、無事に幸せな結婚の日を迎えられたことでしょう。

ブルーサファイアのトゥルビヨンリングブルーサファイアのトゥルビヨンリング

この誠実さにまつわるサファイアの迷信を語る上で欠かせないのが、18世紀フランスの作家ジャンリス夫人(Madame de Genlis)が書いた短編小説『Le Saphir Merveilleux』(奇跡のサファイア)です。物語では、若い貴婦人が一粒のサファイアを託され、その石は彼女の心に曇りが生じるたびに色を失っていきます。しかし誠実さを貫いたとき、石は再び澄んだ青を取り戻すのです。

この物語は、先ほどご紹介した十字軍の騎士が留守中の妻の貞節をサファイアで確かめたという古い伝承をベースにしており、読者に「誠実さの尊さ」を説く教訓的な内容となっています。実在の宝飾品をモデルにしたこの作品は、当時の貴族社会でサファイア人気をさらに高めるきっかけになったといわれています。

その後、サファイアがアンティークジュエリーにおいて特別な石として扱われ続けたのも、こうした物語が広まったことに影響を受けているのかもしれませんね。

5.おわりに

サファイアにまつわる古い物語、お楽しみいただけたでしょうか。

モーセの石板や奇跡の帰還など、数々の物語を振り返ってみると、この深い青色がいかに多くの人々の想像力をかき立ててきたのかが分かります。深く静かな色の印象ゆえでしょうか、サファイアにまつわる伝承は、知性や忠実さなど、人の精神に深く関わる逸話が多いのがとても印象的です。

私たちが手にするアンティークジュエリーのサファイアも、過去には誰かの大切な守り石だったかもしれません。石の背景にある物語に思いを馳せてみると、見慣れたジュエリーが、また少しだけ特別に見えてくるような気がします。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!