ガーランドとアンティークジュエリー

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。

この記事をお読みになっている方の多くは「ガーランド(様式)」という言葉をご存知なのではないでしょうか。
それが具体的に何を指すのかとなると、分かるような分からないような、漠然としたイメージしかお持ちでないかもしれません。ロココ的なもの?フェストゥーンとの違いは?などなど。

本記事ではそんなわかりづらいこの様式への理解を深めるために、主に以下のトピックをお伝えいたします。

  • ガーランドとは何か
  • その歴史とアンティークジュエリー

 ガーランドとは

 最初に「①ガーランド(guirlande)」と「②ガーランド様式(style guirlande)」という似たような表現について触れておきましょう。

厳密に言えば①は特定のモノを指し、②はそのイメージをベースにしたスタイルを指します。例えば20世紀初頭に一世を風靡した、ガーランドをベースにしたカルティエのデザインスタイルは「ガーランド様式」と呼ばれました。(カルティエについては後に触れる予定です。)

とはいえ、一般的には厳密に区別され使われているわけではありませんので、本記事でもこの違いについて深掘りはせず、基本的に同等の表現として扱うことにいたします。 

ガーランドのぶら下がったアンティークテーブルガーランドで飾られた小テーブル(Au Bord de l’Eau)

 「ガーランド」は葉、花、果物などの植物が絡み合った装飾的なオーナメントで、一般的には両端が固定され、中央が下に湾曲するフェストゥーン・スタイルで吊るされています。

通常は建物のファサード・壁・柱や家具の装飾として、そしてもちろんジュエリーのモチーフとしても利用されるオーナメントです。

フランス語では"Guirlande"。花で作られた装飾的な冠や花輪を指す古代フランス語の"Garlande"が語源であるといわれています。詳細は省きますが、フランス語で「飾る」を意味する"Garnir"などがこの単語の構成要素です。

日本語訳は花綱装飾、花手綱、花綱模様など。これらの呼び名は決してポピュラーであるとはいえないでしょう。また、花以外の植物が使われることも多くありますので、自分的にはさほど積極的に使いたいと思う表現ではありません。あえてこの日本語訳を使う必要はないかもしれませんね。

先に述べた「フェストゥーン」は、同義語として使われることの多い表現です。語源は「祝祭の装飾」を意味するイタリア語の"festone"。実は微妙な違いがあります。フェストゥーンは下に湾曲した吊り方をしますが、ガーランドは必ずしもカーブしているとは限りません。例えば以下のクリスマスガーランドをフェストゥーンと呼ぶことはないでしょう。

 
直線的なものを見かけることはさほどありませんし、厳密に区別しても大きなメリットはありませんので、一般的には両者は同じもの、と割り切ってもよいかもしれません。

ガーランドの歴史とアンティークジュエリー

ガーランドは古代から存在する装飾モチーフです。当時は新婚夫婦の家の扉や神殿の内外などを飾るために使用されていました。戦争の犠牲者を悼むためにこのモチーフで頭を飾ることもあったそうです。

左手にガーランドを持つローマ時代のウォールプレート左手にガーランドを持つキューピッド(ローマ時代)

建築の装飾として大人気だったのですが、中世に入るとその人気はいったん下火になります。ヨーロッパでキリスト教が一気に広まり、古代から伝わるこのスタイルが「異教徒の装飾」という位置づけになってしまったためです。

ルネサンス期

再び日の目を見るようになったのは中世末のルネサンス期。古代への憧憬、ギリシャやローマの古典・古代を理想と考えるいわゆる「古典主義」(クラシシズム)がその復活のキーポイントでした。

この時代の隆盛が伝わってくる、とても素敵なルネサンス期の詩の一節があります。
”Le ciel ravi, qui si belle la voit, Roses et liz et guirlandes pleuvoit."
「とても美しい彼女を見て空は喜び、バラとユリとガーランドを降らせました」

ルネサンス期に建立された教会のファサードをご覧ください。

ルネサンス期の教会ファサードのガーランドサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会(写真:G.dallorto)

アンティークジュエリーにガーランドが使用され始めたのはこのルネサンス期です。結婚などの祝祭の際に身に着けていた編み込みの花からインスピレーションを得て、ティアラに用いられるようになりました。花や葉などの植物をつなぎ合わせるデザインはやはり頭飾りと相性が良いようです。

ジュエリーの世界でこのスタイルが流行したのはこのルネサンス期と、18世紀後半~19世紀初頭のネオクラシシズム(新古典主義)期、そしてベルエポック期です。

新古典主義期

18世紀の流行は、ルネサンス期に続き古代にスポットがあたった「新」古典主義(ネオクラシシズム)によるものです。18世紀はガーランドの黄金時代といわれることもあります。この模様が花瓶の周りを取り囲み、ウォールランプやキャンドルスタンドを飾り、火かき棒にまで取り付けられました。

それまでの重厚なものと異なり、18世紀のものは軽やかで繊細なデザイン。この軽やかな傾向はベルエポック期にも引き継がれます。

皆さまは18世紀フランスの「首飾り事件」をご存知でしょうか。フランス語では"Affaire du collier de la reine"(王妃のネックレス事件)と呼ばれる、マリー・アントワネットも登場する詐欺事件です。もちろん裕福なマリー・アントワネットが詐欺に加担したわけではなく、勝手に名前を使われた、ある意味被害者の一人だったのです。興味のある方はぜひ検索して詳細をご覧になってみてください。

この詐欺事件の中心となるネックレスにもガーランドモチーフが取り入れられていました。

王妃のネックレスのレプリカ王妃のネックレスのレプリカ(château de Breteuil収蔵

実物は現存しません。上の写真はジルコンを用いて制作されたレプリカです。上部がフェストゥーンに吊るされた3つのガーランドで飾られています。

また、18世紀になると、中央が下に湾曲したフェストゥーンスタイルから離れた形状のものも多くなりました。トップのリボンモチーフから左右に伸びる、花やリーフのガーランドをご覧になった方もたくさんいらっしゃるでしょう。

周囲をガーランドモチーフに囲まれた18世紀のメダイヨン周囲をガーランドに囲まれたメダイヨン

18世紀後半、荘重な古典・古代が規範となる新古典主義が広まった影響で、世の趨勢は華美すぎないシンプルで荘厳なデザイン。とはいえ、王政が続くフランス革命前は、まだまだロココ風の甘美なテイストが残っていたのです。リボンとガーランドはマリー・アントワネットが好んだモチーフでした。

ベルエポック期

 それではジュエリー界における3大流行期の大トリ、ベルエポック期に入りましょう。

この時期のガーランドには微妙に異なる二つの潮流があります。

一つはロココの香りが残る純18世紀風のスタイル。このスタイルの火付け役はナポレオン3世の皇后ウジェニーです。大のマリー・アントワネットファンであったウジェニーが自分のジュエリーをマリー・アントワネット風に仕立て直したことにより、フランスでネオ18世紀ムーヴメントが起こりました(1860~1870年頃)。

このムーヴメントはしばらく続き、特にベルエポック期(19世紀末~20世紀初頭)において、マリー・アントワネットスタイルがパリなどの都会で大流行しました。葉や花などの植物がからみあうガーランドは、自然主義をベースとする当時のアールヌーボームーヴメントの理念にも合致しており、この一致がさらに流行を後押ししたものといわれています。

アンティーク ベルエポックのガーランドネックレス(トルコ石)ベルエポックのガーランドネックレス

同時期の当店の商品をもう一つご紹介しましょう。ドラプリー(ドレープ)ネックレスです。このタイプはベルエポックというよりも同時代のアールヌーボースタイルのものとして紹介されることが多いですね。

アールヌーボーのゴールドガーランドネックレス

 ベルエポック期のもう一つの流れは皆さまよくご存じのカルティエが創り出したもの。

創業者の孫にあたるルイ・カルティエは、ベルエポック期においてガーランド様式を代表する人物でした。この様式の模様が施されたカルティエのレッドボックスをご覧になったことのある方も多いでしょう。

1900年頃、ルイ・カルティエは伝統とモダンの間で揺れ動いていましたが、結局はアールヌーボーや現代的なスタイルに合わせることを避けました。皇后ウジェニーから続くネオ18世紀の流れにも触発され、デザインの根幹に古典芸術テイストを取り入れたのです。

また、彼はイスラム、東洋、アジアの芸術からもインスピレーションを得、古典様式とバランスを取りながらこれらのスタイルを併存させました。カルティエのデザインにアラベスクの香りも感じられるのはそのためです。

ハイジュエリーを扱うカルティエが多く使用していた素材はダイヤモンドとプラチナ。台座や留め具のサイズを縮小し、ダイヤモンドが際立つようにジュエリーをデザインしました。


エリザベート・ド・バヴィエール王妃のティアラ(カルティエ作)

ガーランドの歴史とアンティークジュエリーにおける位置付けを駆け足でご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

それなりの変化はあるものの、古代のモチーフが現代も生き続けていることは驚きです。美しいものは儚いといいますが、このスタイルには当てはまらないようですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!