郷に入れば、のフレンチジェット

 Bonjour皆さん!ラファエルです。
コアなアンティークジュエリーファンの方であれば、19世紀後半から20世紀初頭にかけてにヨーロッパで一世を風靡した「ジェット」という漆黒の宝石をご存知なのではないでしょうか。ジェットは英語で"jet"、フランス語では"jais"(ジェ)または"jayet"(ジャイェ)と呼びます。("jayet"は19世紀頃によく使われていた表現で、現在主に使われているのは”jais”)

本記事の目的はこの宝石そのものの解説ではありませんが、ご存じ無い方もいらっしゃるかもしれませんので、さらっとおさらいしておきましょう。

簡単にいうと木の化石。古代に堆積した石炭層に存在し、水を含んだ木が化石化したものです。厳密には鉱物ではなく「準鉱物」に区分されます。準鉱物とは、鉱物のように見えながらも結晶構造を持たないもの。他に準鉱物に区分される宝石としてオパールが有名です。また、真珠も準鉱物に分類されることがあります。※オパールや真珠を鉱物と区分している団体もあります。ややこしいですね。

淡水から生まれたソフトジェットと海水から生まれたハードジェットに分けられ、硬質で耐久力があるハード系がより上質なものとされます。代表選手はイギリスのウィットビー(Whitby)産のもの。ご存知の方も多いのではないでしょうか。

ジェットは最古の宝石の一つで、紀元前1万年の石器時代から装飾品として加工されていたといわれています。以下の写真はフランスのマルスラ洞窟で発見されたペンダント。この洞窟は旧石器時代の壁画や1万7千年以上前のものとされるほら貝の笛の発見などで有名です。

出典:Wikimedia

イギリスでは紀元前2千年頃から採掘されていましたが、ビクトリア女王発の19世紀後半のモーニングジュエリーブームによりその人気に火が付きました。その漆黒の色合いは喪に服す期間に身に付けるジュエリーに最適なのです。モーニングジュエリーについては、ブログ「ロンドン小旅行とヴィクトリア女王」で軽く触れていますので、よろしければご覧になってみてください。

 前置きが長くなってしまいました。そろそろフランスの状況に移りましょう。

フランスにもいくつかジェット鉱山がありましたが、稼働していたのは主に17世紀と18世紀。品質の良い原石が枯渇したため、19世紀の始めにはほぼ閉山してしまいました。代表的な産地はPays d'olmes地方で、ウィットビー同様、採掘だけでなく加工も行っていました。この地方の町Lesparrouの森を散策すると、現在でも容易にそのかけらを見つけることができるそうです。以下の写真は当時この地方で制作されたジェット製ジュエリー。小さなパーツから作られた繊細な作りが目を惹きます。

フランスのアンティークジェットジュエリー出典:Fédération des Moulins de France

イギリスに引きずられ、フランスでも19世紀後半にモーニングジュエリーブームが起きました。手持ちの資料によると、1862年には50店を超えるモーニングジュエリー専門店がフランスで営業していたようです。また、パリの一般宝飾店もブームのピーク時には黒一色のジュエリーで埋め尽くされていたとのこと。

前述の通り、モーニングジュエリーブームの起きた19世紀後半にはもうフランスに採掘可能なジェット鉱山がありません。品質が悪く掘り出されることのない鉱床がわずかに残っているだけでした。冗談のような本当の話、英ウィットビーの宝飾・加工業者が希少な地元産を埋め合わせようとして19世紀後半にフランスから輸入することを計画したことがありました。残念ながら、閉山したフランスの鉱山で試掘した原石の品質があまりに悪く使い物にならなかったため、計画を断念したそうです。

この時期、世界的なモーニングジュエリーブーム発生によりジェットの価格は急上昇し、非常に高価な宝石となりました。
自国内の鉱山枯渇以降、フランスではこの宝石をほとんど使用しなくなっていたのですが、モーニングジュエリーブームによりニーズが急上昇。モーニングジュエリーとしてだけでなく、黒色のエレガントでシックなイメージがジュエリーの素材として見直されたこともあります。ところがジェットが手に入りません。イギリスのジェットは希少で輸出量も少なく、高価。スペインからもわずかに輸入していたそうですが、量が少なくとてもニーズを満たすことができませんでした。

そこで、フランスでは黒く着色したガラスを代替品として使用するようになりました。化石のジェットは脆く壊れやすかったこともあり、手に入りやすい黒ガラス製のジェットがフランスで一気に広まったのです。化石系ジェットとほぼ同じ質感のものを制作することが可能で、オリジナルとほぼ見分けがつきません。コバルト、鉄、酸化銅などを調合することにより制作します。ガラス工芸のエキスパート国、主にオーストリアで制作された黒ガラスをフランスの工房でジュエリーに仕立てていました。

フレンチジェットのアンティークネックレス

 

19世紀のフランス製モーニングジュエリーはほとんどがこの黒ガラスを使用したもの。私の師匠の一人、フランスで活動されているアンティークジュエリーの専門家マイケル・フィーゲン氏はその著作の中で以下のように述べています。
"On voit souvent des bijoux anciens dits en jais,  mais qui sont presque toujours en verre noir."(ジェットが使われているというアンティークジュエリーによく出会いますが、そのほとんどが黒ガラス製です。)

フランスではこの黒ガラス製ジェットを"jais français"(フレンチジェット)または"jais de Paris"(パリのジェット)と呼ぶことがありますが、多くのフランスのディーラーにとっては単なる"jais"もこのフレンチジェットを指す言葉。化石オリジンの石が存在することすら知らないディーラーにも何度か遭遇したことがあります。「この"jais"は化石系だったりしますか?」と尋ねても、「え??これは私たちが"jais"と呼んでいる石だけど何か?」と返ってくるのです。尋ねている対象はもちろんフレンチジェットなのですが、いくらなんでも不勉強すぎですね。。。

17世紀、18世紀のフレンチアンティークジュエリーにはもちろん化石系のものが使われていますが、あまりに古く希少で博物館レベル、そう簡単にお目にかかれるものではありません。  

そのため、フランスではフレンチジェットを使ったアンティークジュエリーがまがい物扱いされることはほぼありません。19世紀以降に制作されたフランス製アンティークジュエリーに使われているジェットのほとんどがこの黒ガラス製のものですので、当然といえば当然。先ほど写真をご紹介した当店が取り扱うネックレスのように富裕層向けのゴージャスなジュエリーにも使われていました。あえてフェイクと指摘するのはフランスのアンティークジュエリー事情をよくご存知ない方のみでしょう。

アンティークジュエラー定番の教科書”Understanding Jewellery"に記載されている次の一節がその立ち位置をよく表しています。
"Perhaps uniquely in the world of jewellery, the imitators of jet may well be of equal interest to the collector as the original material they emulate."
コレクターにとっては、ジェットの模倣品(フレンチジェットのこと)はそのオリジナル素材と同じくらい興味を惹きつける対象である、という内容です。

フレンチジェットのドロップピアス(アールデコ)

 それでも自分はどうしても化石系がいい!という方にチェック方法をお伝えします。1.試金石や陶器の裏にこすりつけた痕跡が茶色っぽければ化石系である可能性が高い 2.熱く熱した針などをジェットに押し付け炭が燃えたような匂いがすればほぼ化石系、の二つが有名です。

くれぐれも入手前にお店でこのような蛮行を働かないでくださいね。あくまでもご自身でお持ちのものをチェックするということでよろしくお願いいたします。ウィットビー産などと称するものをそれなりの価格で入手されている場合は、がっくりされることもそこそこあると思いますので、チェックもあまりお勧めはいたしません。

フランスのアンティークジュエリーを多く扱う当店では、19世紀後半~20世紀初頭に制作されたフランスの(黒ガラスの)ジェットを「フレンチジェット」という名称で販売させていただきます。フランスのアンティークジュエリー史に残る素晴らしいアイテムですので、皆さまにも興味を持っていただければ嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!