色彩の魔法 ー アンティークジュエリーを彩るエナメル技法
Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
時を超えて輝きを放ち続けるアンティークジュエリー。宝石や貴金属と並び、美しく彩られたエナメルもその魅力の一つです。私も大好きな装飾で、チャンスがあればエナメルの施されたジュエリーを仕入れるように心がけています(なかなか巡り合えないのですが。。。)
エナメルとは、色付けのために金属酸化物を加えたガラス質を金属などの基材に高温で焼きつけて融合させ、装飾する技法です。エナメル装飾と一口に言っても、その技法はさまざま。クロワゾネ、シャンルヴェ、ギヨシェ、バスタイユ、ペインテッド・エナメル、グリザイユ、プリカジュール...。名前を聞いたことはあっても、それぞれどのような特徴があり、いつ生まれたのかをご存知でしょうか?
本記事では、アンティークジュエリーにも使用される7つの代表的なエナメル技法をご紹介します。歴史の流れとともに、それぞれの技法がどのように発展し、どのような魅力を持っているのかを深掘りしていきましょう。
クロワゾネの鮮やかな色彩、シャンルヴェの素朴な力強さ、バスタイユの透明感、ペインテッド・エナメルの細密な美しさ、グリザイユの陰影の妙、プリカジュールのステンドグラスのような輝き、そしてギヨシェの幾何学的なモダンさ。それぞれの技法について、その特徴や歴史をご紹介します。できるだけ体系的にまとめていきますので、辞書代わりにもお使いいただければ幸いです。
目次
- クロワゾネ/有線七宝(Émail cloisonné)
- シャンルヴェ(Champlevé)
- プリカジュール/透胎七宝(Plique-à-jour)
- バスタイユ(Basse-taille)
- ペインテッド・エナメル(Painted Enamel / Émail peint)
- グリザイユ(Grisaille)
- ギヨシェ(Émail guilloché)

1.クロワゾネ/有線七宝(Émail cloisonné)
概要と特徴
フランス語で「仕切られた」を意味するクロワゾネ(有線七宝)は、金属線を使って細かく区画を作り、その中にエナメルを流し込んで焼き上げる技法です。焼成後も金属線が色の境界をくっきりと保つため、柄やモチーフが明瞭に浮かび上がります。日本でも非常に馴染みのある技法で、多くの方がエナメル装飾といえばまずクロワゾネを思い浮かべるのではないでしょうか。
シャンルヴェとよく比較されますが、シャンルヴェが面で大胆にデザインするのに対し、クロワゾネは線を活かした細密な装飾が特徴的です。一般的なクロワゾネでは0.1mm前後の線が使われることが多く、精巧な作品ではさらに細い0.03〜0.05mmの線が使われることもあるそうです。
時代や地域に応じて特徴が異なります。
日本の七宝焼き:柔らかな色合いが特徴
ビザンチン美術:金線を活かした豪華なデザインが多い
フランス:はっきりとした色のコントラストを活かしたものが好まれる
このような多様性も魅力的ですね。
基材
クロワゾネの基材は金と銅が主流です。金は加工がし易いため複雑な模様に適し、透明・半透明エナメルを使用した際に華やかな輝きを生み出します。銅はコストを抑えつつ深みを加え、日本の七宝焼きにおいてよく利用されました。
起源と歴史的発展
最初期のエナメルはすべて金製の小さな区画(クロワゾン、cloison)内にエナメルをはめ込むクロワゾネ技法を用いていました。最も初期のクロワゾネ・エナメルの明確な証拠とされているのは、キプロスで発見された紀元前12世紀頃のミケーネ文明の指輪です。ビザンチン帝国において6世紀以降に発展し、9~12世紀に最盛期を迎えました。その後、中世ヨーロッパの教会装飾にも広がっています。
日本には中国経由で13世紀~14世紀頃に伝わり「七宝焼き」として独自に進化、16世紀末~17世紀初頭頃に技術が確立したといわれています。その後、1867年のパリ万博で日本の七宝焼きが注目されたことにより、19世紀の欧州に影響を与えました。
補足
パリ万博において、日本の七宝焼きは、その精緻さと柔らかな色彩でヨーロッパの人々を魅了しました。フランスの職人たちは七宝焼きに影響を受け、現地のクロワゾネ・エナメルに新たな息吹を与えることとなったのです。
聖母マリアのイコン(ビザンチン帝国、11~12世紀) 出典:Wikimedia Commons

2.シャンルヴェ(Champlevé)
概要と特徴
シャンルヴェは、金属を彫って窪(くぼ)みを作り、そこにエナメルを流し込む技法です。”Champlevé"(フランス語)の直訳は「持ち上げられた面、取り除かれた面」。これは金属の地を彫り下げてエナメルを入れる技法の様子を表しています。
クロワゾネの線による区画とは異なり、面で模様を作り、素朴で力強い印象を持つのが特徴。窪みの深さや形状でエナメルの厚みが変わり、光を反射して独特の立体感を生みだす要因となっています。中世のジュエリーや教会装飾に多く見られ、色数は控えめながら大胆なデザインが魅力です。クロワゾネの華やかさとは対照的に、武骨で温かみのある美しさといえるでしょう。決して派手さはありませんが、奥深い美しさを持つ技法だと感じています。
基材
シャンルヴェの基材は主に銅、真鍮、ブロンズです(まれに貴金属も)。広い面積でも彫りやすく、熱への耐久性もある素材がシャンルヴェにマッチするのです。
起源と歴史的発展
起源は紀元前3世紀のケルト文化です。ケルト人は金属加工に優れた技術を持っており、シャンルヴェの技法を用いて装飾品を制作していました。1世紀頃にローマ人がケルト人の技術を継承し、技法をさらに発展させています。その後、ビザンチン帝国で発展し、中世ヨーロッパで教会装飾(聖杯、聖遺物箱、十字架、祭壇装飾など)に広く使用されたのはクロワゾネと同じです。12世紀のリモージュで技術がさらに洗練され、リモージュはシャンルヴェの中心地として知られるようになりました。ゴシック期に全盛を迎え、より複雑で豪華なものになっています。
19世紀初頭(1800年~1830年頃)には当時胎動しはじめたゴシック復興(ネオ・ゴシック)の波に乗り、中世風デザインのジュエリーで再興しました。また、この時期にはロマンティシズムの影響を受けたジュエリーで感傷的な美を表現するためにも使われています。
補足
金属の素地に凹みを彫り、そこにガラス質の釉薬を焼き付ける日本の七宝象嵌はシャンルヴェに非常に近い技法であるといえます。
聖マタイと預言者イザヤのプレート(リモージュ) 出典:ビクトリア&アルバート博物館
3.プリカジュール/透胎七宝(Plique-à-jour)
概要と特徴
フランス語で「昼光を通す・取入れる」を意味するプリカジュール(透胎七宝)は、透かし彫りの金属の枠にエナメルを流し込み、裏地を使わずに焼成する技法です。特にアールヌーボー期の作品は、そのほとんどが逸品といえる素晴らしさ。アンティークジュエリーの華、と呼んでもいいかもしれません。私も大好きなエナメル技法の一つです。カラフルで光を通す半透明のエナメルは、まるでステンドグラスのような透明感と輝きを生み出します。1900年前後に、ルネ・ラリックなどの巨匠たちの作品に多く採用されました。
下地のない枠だけでエナメルを支えるため、非常に軽やかで華やかな印象を与えます。透明でカラフルなエナメルと金属枠のパーツで構成される花や昆虫、そして女性などのモチーフは、軽やかで優美そのものです。
その制作に高度な技術が必要とされる難易度の高い技法であるため、プリカジュール・エナメルの作品は、他の技法のものに比べ少ないといえるでしょう。
基材
プリカジュールには裏地、下地的なものはありませんので、基材は枠を指すものとします。金が主流で、銀も稀に使われました。銀の利用が少なかったのは、銀の変色が透明なエナメルの美しい色彩を損なう可能性があったためのようです。
起源と歴史的発展
西暦4世紀にビザンチン帝国で開発された技法で、ジョージアのイコンなどに初期の例が残っています。キエフ・ルーシにも伝わりましたが、13世紀のモンゴル侵攻後に失われたようです。
西ヨーロッパにおいては、13世紀末に、「透明なエナメル」を意味する「スマルタ・クララ(smalta clara)」という、おそらくプリカジュールを指す用語が記載された記録が見られます。また、ベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini)は、1568年の著書『彫金術と彫刻術』の中で、その制作工程を詳細に記述していますので、16世紀にも一定数が制作されていたのでしょう。非常に脆いことと、技術的に難しく制作数が少なかったため、19世紀より前の作品はほとんど残っていません。
19世紀後半の新古典主義運動(ネオ・クラシシズム)で再び注目され、特にロシアとスカンジナビアで人気を博しました。ファベルジェなどの工房が素晴らしい作品を生み出しています。アールヌーボー期の巨匠たちがプリカジュールの作品を多く制作したのは、既述の通りです。
メロード家のカップ(1400年頃) 出典:Wikimedia Commons
トンボの精(ルネ・ラリック作) 出典:Wikimedia Commons
4.バスタイユ(Basse-taille)
概要と特徴
フランス語で「低い掘り込み、浅い彫刻」を意味するバスタイユは、まず基材にハンドワークの低浮彫りを施し、その上に透明エナメルを焼成する技法です。光がエナメルを透過し下の彫刻で反射するため、複雑で美しい輝きが生まれます。光の当たる角度によって、その表情が大きく変化するのも特徴。初めてご覧になると、その色合いと反射の妙にかなり驚かれるのではないでしょうか。インペリアル・イースター・エッグで有名な、あのファベルジェの作品にも、この技法を使用したものが多く存在します。
先ほどご紹介したクロワゾネやシャンルヴェと異なり、主役はどちらかというと基材の彫刻でしょう。エナメルそのものはその美しさを引き立てる、やや脇役的な立場であるといってもいいかもしれません。
また、バスタイユは後述するギヨシェ・エナメルと非常に相性が良いことが知られています。
※アンティークジュエリーの解説などにおいて、バスタイユとギヨシェが混同されていることもありますので、ご注意ください。似ている部分は多いのですが、バスタイユは基本手彫り、ギヨシェは幾何学的パターンの機械彫りです。
基材
主に金と銀が使われます。これらの貴金属は彫刻の細やかさを表現しやすく、光を反射する貴金属がエナメルに深みのある視覚効果を生み出すのです。金は温かみ、銀はクールな風合いを演出します。
起源と歴史的発展
13世紀後半から14世紀初頭にかけてのゴシック期にイタリアで誕生したこの技法はやがてフランスへと伝わり、中世後期には教会装飾やジュエリーなどで広く用いられるようになりました。先にご紹介したクロワゾネやシャンルヴェも、当時の教会装飾に欠かせない存在だったことを考えると、中世はまさにエナメル芸術が百花繚乱を迎えた時代だったといえるでしょう。
その後もこの技法は忘れ去られることなく、19世紀末のアールヌーボー期に再び脚光を浴びます。プリカジュール・エナメルと共に、多くの作品に取り入れられていきました。
父なる神の飾り板(14世紀頃) 出典:メトロポリタン美術館
シルバー&バスタイユのブローチ(アールヌーボー) 出典:Wikimedia Commons
5.ペインテッド・エナメル(Painted Enamel / Émail peint)
概要と特徴
主にアンティークジュエリーのミニアチュールで用いられるエナメル技法です。まるで美術館に飾られた油絵のような美しいミニアチュールのジュエリーをご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか。
「描かれたエナメル」を意味するペインテッド・エナメル(painted enamel)は、同じ意味のフランス語「エマイユ・パン(Émail peint)」で呼ばれることもあります。基材の上に白色や単色の下地となるエナメル層を焼き付け、その上にガラス質に顔料を混ぜたエナメルを筆で描いていく技法です。一度に描いてしまうと顔料が流れたり、想定通り発色しないことがあるため、低温で数回に分けて焼成していきます。
ミニアチュールのように細密に描かれる絵画表現が特徴で、人物や風景などを繊細に表現することができます(もちろん人間の優れた技術も必要です)。これまでご紹介してきた技法とはかなり風合いが異なり、絵画的な要素が強いものであるといえるでしょう。
現代でも再現は可能ですが、かなり複雑で手間のかかる工程となるため、本当に熟練した職人でない限り、アンティークジュエリーと同レベルの作品を制作するのは難しいといわれています。
基材
滑らかな描画面上で細密な表現が可能な銅、金、銀が主流です。他に象牙、マザーオブパール、陶器、ガラスなども用いられます。特に19世紀のミニアチュールでは、象牙とマザーオブパールが主に用いられました。
起源と歴史的発展
ペインテッド・エナメルの歴史が始まったとされるのは、15世紀初頭のフランスです。諸説ありますが、まずブルゴーニュ地方のトゥルニュ周辺で誕生し、その後リモージュで発展したという説が最も信ぴょう性があるように感じられます(もう一つの有力な説は、リモージュで誕生したとするもの)。
ルネサンス期(15世紀後半から16世紀)にはリモージュにおいてその細密画としての技法が洗練され、技術に磨きがかかりました。17世紀初頭、フランスの金細工師ジャン・トゥタン(Jean Toutin)とその同業者によって、白いエナメル地に精緻なミニアチュールを描く高度な技法が開発され、大人気を博します。この革新的な技法は、肖像画のミニアチュールという新たな分野を確立しました。ジャン・プティト(Jean Petitot)をはじめとする著名な芸術家もこの技法を用い、ペインテッド・エナメルの表現の幅を大きく広げています。
その後、19世紀に歴史的な価値が見直され、当時流行していたセンチメンタルジュエリーに使用されるなど、再び注目を集めます。
補足
多くのエナメル技法は、その発祥地であるフランスでの呼び名が一般的に使われているのは、皆さまご存じの通りです。ところが、ペインテッド・エナメルに限っては、英語の名称が広く定着しています。もともとフランスで生まれた技法ではありますが、19世紀のヴィクトリア時代にイギリスで高い人気を得たことと、英語圏の研究書や宝飾品のカタログなどで「painted enamel」という表現が一貫して使われてきたため、それがそのまま国際的な呼称として広まったようです。
銅の飾り板(リモージュ、1530年–1535年) 出典:メトロポリタン美術館
6.グリザイユ(Grisaille)
概要と特徴
グリザイユ(Grisaille)は、フランス語で「灰色」を意味する"gris"に由来する技法です。黒や灰色などの単色エナメルを下地にし、その上に白いエナメルを重ねて描くことで、立体感や奥行きのあるモノトーンな表現を生み出します。グリザイユ・エナメルのみならず、油彩画、フレスコ画などでも用いられる技法です。
技法自体は一見シンプルなのですが、明暗の調整や筆使いには高度な技術が必要とされ、熟練した職人でなければその効果を最大限に引き出すのは難しいとされています。
初めて目にしたときには、まるで古いモノクローム写真を覗き込んでいるような、奥行きのある美しさに心を奪われました。作品にもよりますが、「幽玄」という言葉がぴったりくるような印象を受けます。アンティークジュエリーでは、主にブローチやペンダントで用いられました。
基材
主な基材は銅と金で、稀に銀も使われています。銅は比較的入手しやすく、耐久性とエナメルの焼き付けに適した特性を持つため、リモージュなどの工芸で好まれました。金は高級感があり、エナメルの発色を美しく引き立てるため、特に装飾性の高い作品に用いられています。
起源と歴史的発展
油彩画やフレスコ画なども含むグリザイユの技法そのものは、15世紀前半にフランスのブルゴーニュ地方やベネルクス地域の芸術家によって始められたといわれています。当初は、油彩画の下塗りとして彫刻のような立体感を出すために、あるいは独立したモノクロームの作品として使用されていたようです。
その技法がリモージュに影響を与え、ペインテッド・エナメルの一つの様式として発展、ルネサンス期に隆盛期を迎えました。ジャン・ペニコー(Jean Pénicaud)一族やレオナール・リモザン(Léonard Limosin)といったリモージュの巨匠たちが、グリザイユの技法を駆使し、肖像画、聖書の物語、神話などを、グリザイユで表現しています。
その後グリザイユ・エナメルは衰退していきましたが、小規模ながら18世紀のロココ期に肖像画や装飾として復活しました。同じ18世紀、スイスのジュネーブを中心に、時計の装飾として脚光を浴びます。
19世紀のネオ・クラシシズムの時代にも古典的な表現が見直され、グリザイユは再び注目を集めました。ただし非常に限定的で、細密画や肖像画としてごく少数が制作されたにとどまります。
補足
当店で販売した『ギヨシェ・エナメルのアールデコペンダント(パール)』には、ギヨシェ・エナメルながら、まるでグリザイユのようなモノクロームの効果を持つ女性の肖像画が描かれています。大変珍しいお品ですので、ぜひご覧になってみてください(ギヨシェ・エナメルの解説内に掲載します)。
ジャン・ペニコーの宗教画(1545年頃) 出典:Wikimedia Commons
嗅ぎタバコ入れ(フランス、1775年頃) 出典:メトロポリタン美術館
7.ギヨシェ(Émail guilloché)
概要と特徴
日本では「ギロッシュ」「ギロシェ」「ギロシュ」など、誤った表記も多く見かけますが、正しくは「ギヨシェ」と呼ばれる技法です。金属に手動旋盤やエンジン旋盤などを使って幾何学模様を機械彫りし、その上に透明エナメルを重ねて作ります。※フランス語の意味については、明確な見解が存在しないため割愛しました。
波紋や放射状の線が透明なエナメル越しに見えるため、光が当たる角度や強さによって陰影が大きく変化するのが特徴です。エナメルの色を変えると、下地の模様の色合いや明るさが異なって見え、印象が大きく変わるのも興味深い点といえるでしょう。波紋や放射状のパターンが代表的な模様ですが、麦の穂、直線、市松模様など、バリエーションは豊富です。遠目ではきらきら輝くだけでわかりにくいかもしれませんが、ルーペなどで拡大すると、精密で整った基材の彫り模様を確認することができます。
アンティークジュエリーでは、主にアールデコ期とベルエポック期のもの(特にアールデコが多い)に使われています。
基材
主に金、銀、プラチナが使われましたが、これは均一な彫りを実現するのに適しているからです。時代の特性もありますが、特にアールデコ期に鮮やかな色彩を引き出すのに役立つプラチナも利用されたのが特徴的です。
起源と歴史的発展
エンジン旋盤などによる機械彫りは16世紀から17世紀にかけて行われていましたが、この時点では象牙や木材のような柔らかい素材が対象でした。金や銀などの金属にも採用されるようになったのは18世紀に入ってからで、その後すぐにギヨシェ彫りの上にエナメルを焼き付ける技法が出現したとされています。
1880年代、ピーター・カール・ファベルジェは、このギヨシェ彫りの金属に透明または半透明のエナメルを重ねる技法を積極的に採用し、代表作であるインペリアル・イースター・エッグをはじめとする様々な作品に取り入れました。ちなみにファベルジェはバスタイユ・エナメルもよく利用したことが知られています。
ベルエポック期の華やかなジュエリーにもギヨシェ・エナメルは使われましたが、全盛を迎えたのはやはりアールデコ期です。その背景には以下のような理由がありました。
- 機能美と合理性を重んじるアールデコの精神に、精密な幾何学模様が向いていたため。
- 直線や幾何学模様をベースとするアールデコのデザインに、優れた装飾効果をもたらしたため。
- モダンで高級感のある装飾を求める層が増え、ギヨシェ・エナメルがその要求を満たしたため。
補足
アールデコという名称の由来ともなった1925年のパリ万国博覧会(現代装飾産業美術国際博覧会)において、ギヨシェの精密な装飾は、当時のモダンな美的感覚を象徴するものとして高く評価されました。
ハウス・オブ・ファベルジェのパラソルハンドル 出典:Wikimedia Commons
おわりに
本記事でご紹介させていただいた7つの技法を知っておけば、アンティークジュエリーで見かけるほとんどのエナメル装飾の技法を特定し、その制作方法や特徴を理解できるはずです。今後、ジュエリーのエナメル装飾について疑問が生じた際にも、この記事に戻ってきていただければ幸いです。
ペインテッド・エナメル以外は、日本の方にはあまり馴染みのないフランス語名ですので、各技法の名称が頭に入りにくいかもしれません。最後に、それぞれの技法の名前と特徴を簡単にまとめておきますので、よろしければご確認ください。
-
クロワゾネ/有線七宝(Émail cloisonné)
金属線で細かく仕切り、区画ごとにエナメルを施す技法。 -
シャンルヴェ(Champlevé)
基材の金属を彫り、窪めた部分にエナメルを流し込む技法。 -
プリカジュール/透胎七宝(Plique-à-jour)
金属の枠に透明エナメルを施すステンドグラス風の技法。 -
バスタイユ(Basse-taille)
基材に彫刻(低浮彫り)を施し、その上に透明エナメルを重ねる技法。 -
ペインテッド・エナメル(Painted Enamel / Émail peint)
筆を用いて絵画のように彩色する技法。 -
グリザイユ(Grisaille)
暗色の地に白いエナメルで陰影を描き出すモノトーン技法。 -
ギヨシェ(Émail guilloché)
機械彫りの規則的な模様の上に透明エナメルをかける技法。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!