オールドヨーロピアンカットの残り香:”demi-taille”

ダイヤモンドカットの歴史上そこそこ大きな位置を占めながらも、日本では言及されることが少ないカットスタイル"demi-taille"(ドゥミタイユ)をご存知でしょうか?
"demi-taille"はフランスでよく登場するカット名称で、GIAが定義した「サーキュラーブリリアントカット(Circular Brilliant Cut)」に近いものです(全く同じではありませんー後述)。このサーキュラーブリリアントカットという名称も目にされたことのない方が多いのではないでしょうか。

”demi-taille"の説明をする前に、ダイヤモンドカットスタイルの歴史をざっくり整理させていただきます。

  • ポイントカット:~14世紀頃
  • テーブルカット:15世紀~
  • ローズカット:16世紀~
  • オールドシングルカット:17世紀~
  • マザランカット:17世紀中頃~17世紀末
  • オールドマインカット:17世紀末~19世紀末
  • オールドヨーロピアンカット:1890年~1930年代頃
  • モダンラウンドブリリアントカット:1919年~

※年代はとらえ方により諸説ありますので、代表的なものを記載しました。

長くなってしまいますので、今回は全てのカットの詳細には踏み込みません。実際のカットスタイルや歴史の詳細については、ウェブ検索などで多くの情報をご覧いただくことができますので、お手数ですがそちらをご参照ください。

"demi-taille"は、オールドヨーロピアンカットとモダンラウンドブリリアントカットの過渡期、20世紀前半に使用されていたカットです。英語で"Transitional Cut"と表現されることもあります("Transitional"=過渡期の)。
まずはオールドヨーロピアンとモダンブリリアントの実際のカットスタイルをご覧ください。左から順にダイヤモンドの側面、上から見たクラウン部、下から見たパビリオン部になります。

オールドヨーロピアンとラウンドブリリアント、ダイヤモンドの二種のカット図

 出典:History of Jewelry

パッと見て一番大きく異なるのはクラウンとパビリオンの高さです。ラウンドブリリアントではそれぞれがかなり低くなっています。モダンラウンドブリリアントは光の反射を最大限に活かすために考案されたカットなので、透過距離が短くなっているのは理に適っていますね。

他の大きな違いはテーブルの大きさ(オールドヨーロピアン < ラウンドブリリアント)と、パビリオンのロワーファセットの長さ(オールドヨーロピアン < ラウンドブリリアント)です。ロワーハーフファセットは少し専門的な用語になりますので、わかりやすい図を掲載しておきます。下図で"Lower half facet"となっている紫色の濃い部分がロワーハーフファセットです。

出典:GIA

オールドヨーロピアンカットとモダンラウンドブリリアントカットのわかりやすい違いをもう一つ付け加えるとすれば、キューレットサイズでしょうか。オールドヨーロピアンとモダンブリリアントのカットスタイル図の最右の列、下から見たパビリオン図の中央の小さな円(実際は多角形)がキューレットに対応しています。パビリオンの先端をダメージから守るためにカットされた小さなファセットがキューレットですが、ラウンドブリリアントカットではキューレットがかなり小さくなっています(全く無いことも多いです)。キューレットはモダンラウンドブリリアントカットの本質的な要素ではありませんが、GIAの鑑定においては、直径に対するキューレットサイズの比率が判定基準の一つとなっています。比率が小さいほど優れているとされ、最良と評価されるのは1.5%以下のものです。

それでは本題の"demi-taille"に入りましょう。前述の通り、オールドヨーロピアンからラウンドブリリアントへの過渡期に使用されたカットで、両カットの特徴を併せ持ちます。サーキュラーブリリアントカットが厳密な定義を持つのに対して、「必ずこうである」という厳密な定義が存在しません。この過渡期のブリリアント系カット全般を包含する名称なのです。
とはいえそれなりに特徴はあり、主に以下のようなものを挙げることができます。

  1. テーブルは広め
  2. クラウンは低め
  3. ロワーハーフファセットは長め
  4. キューレットはやや小さめ

 全てオールドヨーロピアンと比較した場合の表現です。もちろん例外的なものもありますが、経験上、多くのものが上の条件に合致しています。特に1、2の特徴により、見た目の印象はラウンドブリリアントカットにかなり近いといえるでしょう。ダイヤモンドのカットに詳しい方を除き、キューレットに着目しない限り、初見ではラウンドブリリアントとの違いに気付かないかもしれません。キューレットはテーブルを真上から見ることで確認することができます(テーブルの中央に見えます)。

それでは論より証拠、写真でそれぞれのカットを比較してみましょう。まずはオールドヨーロピアンカット。側面と上面の写真です。

"demi-taille"カットのダイヤモンド側面

オールドヨーロピアンカットダイヤモンドの上面

側面の写真からクラウンが高いこと、上面の写真からテーブルが小さくその中央に見えるキューレットが大き目であることがわかります。大きな爪に隠れてしまい見づらいですが、側面の写真ではロワーハーフファセットは短めです。

次に"demi-taille"の側面と上面の写真をご覧ください。

”demi-taille"ダイヤモンドの側面

"demi-taille"ダイヤモンドの上面

最も異なる点はクラウンの低さです。より高い場合もありますが、このようにモダンラウンドブリリアントとさほど変わらないバランスのものが多いです。また、テーブルは大きくなり、キューレットはかなり小さくなっています。
このダイヤの場合、ほとんど同じに見えるモダンラウンドブリリアントとの一番大きな違いはロワーハーフファセットの長さです。オールドヨーロピアンカットに比べればかなり長いですが、ラウンドブリリアントよりは短めです。このファセットは輝きに大きな影響を与えるカット要素なので、意外と重要なポイントです。フランスでは"demi-taille"の見分け方としてロワーハーフファセットの長さを挙げる専門家もいます。

さらにもう一点挙げるとすればスターファセットが短めであること。細かいポイントなので先に挙げた特徴の一覧には含めませんでしたが、スターファセットの長さはオールドカットからモダンカットに向かって徐々に長くなっていっているのです。※スターファセットについては既出のGIA図をご覧ください

例としてアップしたダイヤモンドは”demi-taille"の典型的なスタイルではありますが、他にもいろいろなバリエーションがあります。前述の通りオールドヨーロピアンカットとモダンラウンドブリリアントカットの過渡期に使われていたブリリアント系カット全てを含む概念であり、厳密な定義があるわけではないのです。クラウンがより高いものもあれば、大きなキューレットのもの、テーブルがオールドカットのようにに小さいものなどもたまに見かけることがあります。サーキュラーブリリアントカットには厳密な定義があるため、より狭い概念であるといえるでしょう。

”demi-taille"が使用された時代はざっくり20世紀初め頃からアールデコ末期までの30年弱といわれています。最も多く使用されていたのは1930年代で、フランスでは1930年代のカットと解説されることもあります。この時期に流行したエンゲージメントのソリテールリングで使用されていたダイヤモンドはほぼこのカットでした。
モダンラウンドブリリアントよりほんの少し輝きが少なめのこのカットは、フランスでは過剰な輝きや煌めきを避けたい方に選ばれることが多いようです。エンゲージリングにアールデコ期の指輪、なかなかクールなチョイスなのではないでしょうか。また、やや黄色みがかったダイヤモンドの色を引き立てるのに役立つといわれることもあります。

"demi-taille"のダイヤはオールドヨーロピアンカットとして紹介されることもあります。どの呼び名を使うかは紹介される方の考え方次第であり、どれが正しいということはありません。100%完成されたモダンラウンドブリリアントではなくその前のカットなのだからオールドカットだ、という理屈も通らなくはないのです。とはいえ、当店では商品紹介の際、このカットに”demi-taille"という名称を使用いたします。

ご参考までに、以下はGIAの定義するオールドヨーロピアンカットとサーキュラーブリリアントカットの定義です。

オールドヨーロピアンカット
 下記条件の3つ以上が当てはまること

  • テーブルサイズが53%以下
  • クラウンの角度が40度以上
  • ロワーハーフファセットの長さが60%以下
  • キューレットサイズが「Slightly Large(≈5%)」以上

サーキュラーブリリアントカット
 下記条件が3つとも当てはまること

  • スターファセットの長さが50%以下
  • ロワーハーフファセットの長さが65%以下
  • キューレットサイズが「Medium(≈3%)」以上

 キューレットサイズは感覚的につかみづらいかと思いますが、それぞれのイメージは下図でご確認ください。

ダイヤモンドのキューレットサイズ図出典:GIA

最後までお読みいただき、ありがとうございました!