アールデコ期のファッションとジュエリー

Bonjour 皆さん!オーナーのラファエルです。
今回は、アールデコ期において、ファッションが女性とアンティークジュエリーの関係にどのような影響を与えたかを見ていきたいと思います。特にアールヌーボーとアールデコ期においてはアートムーブメントがジュエリーデザインに大きな影響を与えましたが、19世紀同様、ファッションの影響も無視することはできません。

今回書かせていただくのはジュエリーのデザインというよりはその使い方。この時代のアート様式やジュエリーのスタイルを解説するものではありません。そのような内容を期待されてページを開かれた方、申し訳ありません!ここで当ショップを離れて他のアンティークジュエリー解説サイトを探す前に、少しお時間をいただいてメゾンマエアスの美しいアンティークジュエリーも楽しんでいただければ嬉しいです。

当時のファッションを語る上で、時代背景を避けて通ることはできません。現在のような変化の少ない成熟した社会と異なり、まだまだ世界は急成長の真っただ中。どんどん変化していく社会生活がファッションに与える影響は大きかったのです。ファッション誌の編集者やアパレル関係者が集まって「来年はどんなの流行らせますかね~」というビジネス一辺倒の環境ではありませんでした。

教科書的にいうと、アールデコ期は1910年代半ばから1930年代まで、ということになります。もちろんこの時期より前にアヴァンギャルドやキュービズムなど、その萌芽となるムーヴメントはありましたし、1940年代のアートもここかしこにその爪痕が残っています。などと言い出すとキリがありませんので、ざっくり第一次世界大戦後(1919年~)から第二次世界大戦の開戦(~1939年)まで、と考えるのが妥当なのではないでしょうか。この時期には世界大恐慌もありました。まさに激動の時代です。

アールデコ様式のクライスラービル・ロビーアールデコ様式のロビー(クライスラービル) 出典:it.m.wikipedia.org

 それではまず当時の時代背景と、それに伴うファッションの変遷や特徴などをざっと説明いたします。

 4年半も続いた第1次世界大戦が終結し、世の中は戦争という苦難の出来事に対する反動が起きていました。高揚し、創造性が重んじられた新しい社会のモットーは"Joie de Vivre"。直訳すると「生きる喜び」ですが、人生をエンジョイしましょうというニュアンス。戦前の堅苦しい価値観は脇に追いやられ、自由に表現し行動することが社会の新しい規範となったのです。

大戦中は多くの女性が出兵していった男性たちの仕事を代行しました。工場や農場、オフィスでの作業だけでなく、救急車や消防車の運転まで女性が行っていたのです。戦前の標準であったコルセットや長いスカートなどの服装、セットに手間のかかるヘアスタイルはこれらの仕事には不向きでしたので、以前より短い丈のスカートやズボン、仕事の邪魔にならないショートヘアに取って代わられました。

男性のように働くことは女性にとって苦痛ではなかったようです。むしろ外に出て働くことの開放感が大きな喜びをもたらしたようで、多くの女性が戦後も仕事にとどまることを選びました。その結果、男性的な外見のファッションが引き続き人気となります。すっきりとしたシルエット、丈が短めスカートやズボン、そしてショートヘアという、「ラ・ガルソンヌ(la garçonne)」を特徴とするものです。「ラ・ガルソンヌ」は少年(男の子)風という意味で、「ア・ラ・ガルソンヌ(à la garçonne)」と呼ばれることもあります。ちなみに皆さまよくご存じのコム・デ・ギャルソンも「少年のように」という意味です。

アールデコ期 1920年代のLa garconneファッション1920年代のla garçonneスタイル

とはいえ「女性らしくあること」を捨ててしまったわけではありません。夜のお洒落は派手でセクシー。昼間の男性的な服を脱ぎ棄て、背中が大きく開いた柔らかく流れるようなデザインのスリーブレスドレスでわが身を飾りました。ウェストラインはヒップ近くまで下がり、激しい動きのチャールストン、タンゴ、フォックストロット(社交ダンスの一種)などの新しいダンスを楽しむために、スリットの入ったスカートも大人気でした。
この女性ファッションの劇的な変化を引き起こしたは、フランスのファッションデザイナー、ポール・ポワレ(Paul Poiret)。ファッション界のピカソともいわれた20世紀ファッションの先駆者です。

1920年代アールデコ期のイブニングドレス出典:Vintage Dancer

極限まで下げたウェストラインを強調するためにサッシュ(腰に巻くベルトやリボンなど)が良く利用されました。サッシュベルトをブローチで飾ったり、柔らかいサッシュリボンをブローチで留めたりすることも多かったようです(アンティークジュエリーにsash broochというジャンルもあります)。現代のファッションでも取り入れてみたい使い方ですね。

この時期(1920年代)のファッションのもう一つのアイコンはクロシェ帽(クローシュハット)。当時のお化粧の主流は明るく赤い口紅、お白い、そして濃く黒いアイライナーという、神秘的でエキゾチックな印象を与えるもの。このイメージをさらに強化したのが、目元まで深くかぶったクロシェ帽だったのです。

アールデコ期に流行したクロシェ帽

 1920年代のファッションで忘れてはいけないのはあの大御所ココ・シャネル。1923年のパリコレでシャネルスーツが誕生したと紹介されることも多いですが、実際に流行したのは1920年代の後半から。この流行は1930年代まで続き、女性スーツ史において一時代を築いたといっても過言ではないでしょう。シャネルのスーツを着て真珠のネックレスとゴールドチェーンを付けるスタイルは、当時のおしゃれな女性の定番となりました。戦前の堅苦しいデザインへの反動という点は前にご紹介した「ラ・ガルソンヌ」スタイルと一致していますが、ご存知の通りテイストはかなり異なります。 スポーティでありながらもエレガントで上品、今でも人気が高いシャネルスーツの魅力や歴史はとても数行で語り切れるものではありませんので、これ以上深入りはしないでおきましょう。

1929年に世界大恐慌が始まったこともあり、1930年代は1920年代の派手さが影を潜め、控えめな装いになりました。ウエストラインは自然な位置に戻り、全体的に女性の体の自然なラインを引きたてる女性らしいスタイルに戻っていったのです。

デイウェアとしては、実用的で快適なシャネルのスーツが相変わらずの定番。一方、イブニングウェアの世界では新たな潮流が台頭してきました。マダム・グレ(ジェルメーヌ・エミリ・クレブ Germaine Emilie Krebs)の女性らしい長いドレスと、艶のあるシルクやサテンでしっかり体を包み込むマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)のバイアスカットのドレスです。

マダム・グレデザインの1930年代イブニングドレスマダム・グレのイブニングドレス INSTAGRAM: @katestrasdin

アールデコ期に流行したマドレーヌ・ビオネのバイアスカットドレスマドレーヌ・ビオネのドレス 出典:ONLINE FASHION WORKSHOP

1920年代の象徴であったクロシェ帽人気は下火になり、三角帽子(tricorne)、ターバン、ピルボックス帽(ジャクリーン・ケネディが愛用していたスタイルです)など、より独創的な形のものに人気が移りました。

さて、紙面?も残り少なくなってしまいましたがようやくジュエリーのお話スタート!

 ファッションの変遷(革新)を追って、ジュエリーも変化していきました。19世紀のサイズが大きいブローチはこの時期の薄手の服には不向き。また、20世紀初頭に流行したコルサージュ(婦人服胴着)用のジュエリーも新しいスタイルとは相性がよくありません。同じく20世紀初頭に流行したドッグカラーネックレスも、首を絞めつけるイメージが自由と創造性が重んじられた女性解放の時代にはそぐわなかったのです。

軽量なプラチナのジュエリーや針のないクリップ方式のペンダントは、薄手の繊細な服に適しているため広く使われるようになったといってよいでしょう。

 アールデコ期の流行に従い、ジュエリーもより幾何学的で直線的なデザインを取り入れました(直線的なデザインが好まれたのは、当時のカチっとしたファッションに合うため、という背景もあります)。それまでの白、黒、淡いパステル色が主であった女性らしいロココ調ジュエリーは、鮮やかで原色の眩しい輝きのある中性的なスタイルのジュエリーに方向転換。

この時期、ジュエリーは服のデザインと色に完全にフィットすることが重要視されました。戦前のような富の象徴としての高価な装飾品ではなく、服と調和する「アクセサリー」へと役割を変えていったのです。おしゃれな女性たちは完璧であることを求め、自分の大事なジュエリーに合わせてデザインさせた服を持っていたほど。ジュエリーファーストなところがなかなか興味深いですね。

戦前に比べ露出の多い服を好んだ1920年代の女性も、ジュエリーをたくさん身に付け身体をカバーすることは躊躇しません。イブニングドレスから露出した腕は数多くのブレスレットで飾られていました。また、大胆に背中の開いたドレスは、身体の前ではなく後ろ(背中側)にソートワールやネックレス垂らすという流行を創出。さらには背中を飾るためにネックレスの留め具にペンダントを付ける、というスタイルまで出現したのです。いかに背中側のイメージを大事にしていたかがわかりますね。ちなみにフランスではこのようなスタイルのバックドロップネックレスを"collier de dos"(背中のネックレス)と呼んでいます。

アールデコ期のジュエリーを付けた版画

当時イブニングドレスに合わせたジュエリーとして、ヘッドバンドも挙げられます。全体がダイヤモンドなどの貴石に覆われているものか、宝石のついたブローチやクリップなどの装飾パーツで飾らたファブリック素材のものが主流でした。

ダイヤモンドのアンティークヘッドバンド出典:CHRISTIE'S

腕時計の普及を促す大きな契機となったのはアールデコ期直前の第1次世界大戦。電話、モールス信号などの通信技術の発達もあって、戦争は時刻に合わせて作戦を実行する近代戦へと変化しました。その結果、戦場では腕時計がより重要な役割を果たすようになったのです。解放されたアクティブな女性は、昼夜を問わず腕時計を身につけるようになりました。腕時計は活動的でスピーディーであることを重視した生活の象徴であったといえるでしょう。新しい生活スタイルはジュエラーたちにクリエイティブなイマジネーションを発揮する「腕時計」という新しいドメインを提供し、まるでジュエリーのように装飾が施された腕時計が次々と製作・発表されました。

アールデコの腕時計

当時は、デザインの芸術的な価値だけでなく、職人技(ワークマンシップ)の価値とクオリティも重要視されていたのが特徴です。有名なメゾンやアーティスト・ジュエラー(bijoutiers-artistes)は、大量生産に否定的。その結果、非常に多様で豊かな製品が生まれ、極東、中東、南アメリカ文明からインスピレーションを得ただけでなく、同時代の絵画や彫刻のスタイルを取り入れた新しい創造的な自由がジュエリーにもたらされたのです。

幾何学模様、色彩のコントラスト、直線性、様式化といったアールデコ期ジュエリーのデザインの特徴については、またの機会にお伝えできればと思います。

アンティーク アールデコのリング(シトリン)

アンティーク アールデコリング(シトリン)

今回はアンティークジュエリーに関する説明が少なめでしたが、いかがでしたでしょうか。ジュエリーデザインに影響を与える要素はたくさんあります。アートムーブメント、戦争、インフルエンサー(マリーアントワネットやウジェニーなど)、古代遺跡の発掘調査、鉱床の発見、ファッションの流行、新しい加工技術の導入、などなど数え切れません。その一例として、社会的背景やファッションもジュエリーデザインに大きな影響を与えていることを少しでもお伝えできていれば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!